メディアグランプリ

遺影でYeah!!


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記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
我が家のリビングには1枚の遺影が飾ってある。
16年前に他界した母のものだ。54才だった。
 
自分をこの世に産み落としてくれた母の死は、当時27才という若さだった私を喪失感の沼に引きずり込んだ。何をしていても母の事が思い浮かび、急にむせび泣くような日々を何年も過ごした。しかし、死期が明確に宣告されて心の準備が出来ていたことや、家族みんなで温かく看取れた時間が私たちをだんだんと回復へと向かわせた。
今では母を思い出して、急に嗚咽するようなことはもうない。
 
十三回忌が終わりしばらくはもう法事も無いなぁとのんきに構えていたところに父がポツリとつぶやくように言った。
「お母さんの遺影をなぁ、あの写真に変えたいと思ってるんだよ」
この言葉をきっかけに母の遺影の差し替え話は動き出したのだった。
 
実はこれには深い理由があった。
生前、死期を悟った母は遺影を自分で選んでおくと言い出し、何枚かの写真を候補に挙げた。しかし、その中に母以外の家族が望んだものは入っていなかった。それは姉の結婚式で撮った家族写真の中の母だった。
 
闘病真っ最中のなかで決まった姉の結婚。
一番喜んでいた母は副作用が辛い治療を一時中断して体力を温存し、張り切って式に臨んだ。列席者の方々に祝福される幸せそうな姉の姿を見て、母はとても嬉しそうな顔をしていた。そんな中で撮った家族写真は母の幸せや喜びがギュっと凝縮したような良いものに仕上がった。
 
しかし、母はその写真を遺影には絶対使わないと断固拒否。
自分が死んだ時に飾る遺影に、娘のハレの日に撮った写真なんて使えないと言う。不幸せな事と幸せな事を一緒くたにするのが申し訳なくて嫌だと。姉はそれでもこれが一番「母らしいから」と推したが、母は決して首を縦には振らなかった。
おそらく母の最期の優しさだったのだろう。
 
母が選んだ写真はまだ元気だった頃に父とカフェでデートしたときのものだった。それはそれで悪くはなかったが、お澄まし顔で微かに笑う母は服の色なども相まってなんとなくぼんやりとした印象を与えた。
 
祖母はこの写真を見るたびに
「○○子だけど、○○子じゃないんだよなぁ」ということを言ったりした。
母であるのに母でない、みんなが抱いていたそんな違和感にやっと終止符を打つときが来たのだ。
 
もう時効だろうと満場一致であの時の写真を遺影にすることが決まり、父は母の写真を印刷し直し、姉や私など家族に送ってくれた。
 
数日後、待ちに待った遺影が届く。
どの写真を使ったか知っているはずなのになんだかドキドキしながら封を開ける。
母の写真が出てきた時、私の中でパンパカパーン!! と大きなくす玉が割れてお祝いムード一色になった。
 
いい! すごくいい!
そう、これだ。これこそが母なんだよ!!
 
一時治療を中断したおかげで、血色がとても良くなった肌に乗せた明るいメイク。
ツルツルになってしまった頭にはウィッグを被っていたが、プロのメイクさんに丁寧にブローしてもらったおかげで、それとは気づかれないほどの自然な仕上がりになっている。
黒いシックなワンピースに身を包み、首元には真珠のネックレス。
胸元のピンクを基調とした華やかなコサージュが母の可愛らしさを一層引き立てていた。
マーブルピンク色で花のような背景は、母が本来持っていた社交的でいつもお友達に囲まれていた明るいキャラクターをそのまま反映しているかのようだった。
 
お母さん! 会いたかったよー!
私は嬉しさが爆発した。すごく嬉しくて胸がいっぱいになった。
 
よし、この写真に似合う可愛い写真立てを買おう。
早速ネットで探した結果、ブライダル用と説明されたものを購入した。花嫁を飾るわけではないけれど、別にいいじゃない。四隅にクリスタルが施されたキラッキラの写真立ての中に無事納まった母はそれに負けないくらいの輝きを放っていた。
 
こうして母の遺影はいま我が家のリビングの棚に鎮座している。
男の子二人を追いかけまわしていつもてんやわんやの我が家の風景を、そこから微笑みながら見守る母。
育児をしていると(自分だってそんな完璧な人間じゃないのに)とか(この子たちを立派な大人に育てていけるんだろうか)とか急な不安に襲われることもある。責任が重大すぎるのだ。しかし、遺影を見るたび母に
「大丈夫、大丈夫。あんたはそれでいいんだよ」と言われている気がして私は一瞬で子供時代にかえる。
 
この母が幼い頃から私にいつも愛情をたっぷり注いでくれたのだ。
「ごはんをおいしそうに食べるね」「挨拶ができてえらかったね」と何でもないことを褒めてくれた。
おさがりの自転車を男の子たちからかわれて大泣きした時「いやだったね」と抱っこしてすぐに新しい自転車を買いに連れていってくれた。
 
母に愛情をもって育ててもらった幼少期からの長い記憶が遺影で甦る。それは裸足で土を踏みしめ大地にしっかりと両足で立つ感覚に似ている。
うん、私はきっと大丈夫。
リビングには私を含め小さい子供をあやすような、励ますようなそんな母の気持ちで充ちている。
 
遺影を飾ってしばらく経った頃、久しぶりに我が家にママ友が遊びに来てくれた。母の遺影をみてすかさず言う。
「あら! きれいな方。この方はどなたですか?」
母のことを堂々と触れられた私は喜びを隠せず言う。
「これね、私の母なの!」
 
たった一枚の写真が日々の生活に元気と癒しをくれている。
今日も子どもたちを追いかけまわしながら朝からバタバタと支度をする。そんな中ふと一瞬遺影の母と目が合う。
私は勢いよく玄関から飛び出した。お母さん、今日も私は元気でやっています!
 
 
 
 
***
 
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2023-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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