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メディアグランプリ

幻のお菓子と走馬灯


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記事:平井理心(ライティング実践教室)
 
 
食べ物と結びついた出来事は記憶にしっかりと根付くような気がする。
例えば、お弁当のタコさんウインナーをみると初めての遠足を思い出す。たまご粥を味わうと幼いころ風邪をひいたときに父や母が看病してくれたことを思い出す。どれも、思い出すとともに、心をあったかくしてくれる。心の栄養とも言える、記憶。
 
そんなことを思わせてくれたのは、実家の母からのお土産だった。
昨日、母は遥々四国の徳島から、私の住む北関東の茨城に来てくれた。お土産に地元の銘菓を提げて。早速、娘といただいた。
 
「カステラ?」
「『小男鹿(さおしか)』って言うんよ。山芋とうるち米を練り上げて蒸したお菓子」
「へぇ~、はじめて食べる。……わっ、しっとり、もっちりだね」
「美味しいでしょ」
「うん! なんかやさしい甘さだね」
「そう、和三盆(わさんぼん)っていう上質の砂糖をつかっているからね」
私は、少しでも故郷徳島の美味しいものをアピールしようと、必死だ。でも、本当に美味しいんだな、これが! 生地にしっかり練り込まれた上質な甘さは、主張せず、品を持って存在している。大人になっていろいろなお菓子をいただいたが、この上品さにはなかなかお目にかかれていない。
 
「よく食べてたの?」
「ううん。これは、特別なときに貰ったり、お客さんが来たときに買ってきたりしてたかな」
そう、子どもの自分には、なかなか口にできるものではなかった。私にとっては「幻のお菓子」であった。
 
母が持ってきてくれたその「小男鹿」、25㎝ほどの立方体に包丁を入れる。厚さはたっぷり親指の長さくらいにしたかったけど……、なんだかもったいない。関節までの厚さにした。それを1切れお皿にうつす。あわせて、濃いめのお茶を淹れた。
 
「ねぇねぇ、特別なときって? どんなとき?」
「んーとね。例えば……」
私はそう言いながら、そのお菓子を口に運んだ。懐かしい味。やさしい味。
噛みしめると、40年前の記憶がよみがえってきた。口を動かす度に、靄が晴れるように、少しずつ鮮やかに想起された。
 
あの日、私は小学2年生だった。クラスの男の子と喧嘩した。原因はたわいもないこと。言い合いになって、私が優勢となった。もう少しで言い負かせる、そう私が確信したとき、形勢逆転。彼の拳が私の左頬にクリーンヒットした。
痛さは感じなかった。でも、私は大声で泣いた。驚きと、悔しさで泣くことしかできなかった。なんだか情けなかった。騒ぎが大きくなって、担任の先生や保健室の先生に喧嘩がばれてしまった。余計に私は惨めだった。
 
家に帰ったら、もう親は喧嘩の事を知っていた。先生から連絡があったらしい。頬を冷やす氷を差し出しながら、「どうせ、理心が言い過ぎたんでしょ」と。確かにそうだ。私が生意気なことを言ったと思う。氷が頬の腫れをとってくれると同時に、私の頭も冷静にしてくれた。そうだ、私が言い過ぎた。明日、どんな顔して彼に会えばいいのか。気持ちが重くなっていた。
 
その夜、ピンポンと玄関のベルがなった。そこには、私にグーパンチした彼と彼のお父さんが立っていた。お父さんはスーツをきて、手に上質の紙袋を提げていた。親はリビングにとおして、私を正面に座られた。まず、彼が私にむかって
「ごめんなさい」
と言った。続いて、彼のお父さんがまっすぐ私をみて、
「すみませんでした」
と、深々と頭を下げた。
 
私の親は恐縮しきっていた。私は、その姿に品を感じた。そして、カッコいいと感じた。彼のお父さんは地元で有名なお医者さんだった。そんな大人が、年端もいかない生意気な少女に頭を下げたのだ。その姿は、私の悔しさや情けなさ、惨めさ……、すべてを上書きしてくれた。私は、あの品のあるカッコいい大人の姿に救われたのだった。
 
そして、彼のお父さんが提げていたのは、高級お菓子「小男鹿」だった。彼とお父さんが帰った後、早速一切れ頬張った。普段なかなか食べられないお菓子。私で独り占めしたかったけど、そうはいかなかった。家族みんなでいただいた。
口の中に広がる上品な甘さは、「大人の味」だと感じた。胸がいっぱいになった。「幻のお菓子」は、私の心をさらに癒してくれた。
その夜、安心してベッドに入ったのだった。
 
「ねぇねぇ。どんなとき食べたの?」
娘の言葉が、私の走馬灯に幕を降ろした。
「んとね、品のある大人の姿を見せてもらったとき」
「なにそれ(笑)」
 
私はまた、そのお菓子を口に運んだ。あぁ~、美味しい。品がある。
私もそんな大人になれたかな? 自問自答しながら、お茶をすすった。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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