人魚姫に変身する幸せ
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記事:清水 優未(ライティング・ゼミ4月コース)
「ゆみちゃん、今日、人魚姫になって、ヒッチハイクしてくれる?」
早朝3時50分、勤め先の園長先生から電話があった。
この時点で少なくとも疑問は3つある。
なぜ人魚姫なのか?
なぜヒッチハイクなのか??
なぜ朝の3時台にその連絡がくるのか???
約3時間後、新潟県の海水浴場近くの一般道で私は一人降ろされ、園児たちとその保護者を乗せたバスが通りかかるのを今か今かと待っていた。
下半身に鯉のぼりを履き、両手で「海へ」というプラカードを掲げて。
道ゆくドライバーの疑問に満ちた視線を全身で浴びながら。
あ、そうそう。一番大きな疑問があった。
なぜ私はこの異常ともいえる状況を受け入れられているのか?
私は昨年度、長野県のこども園で働いていた。
それまでの人生の7割は東京で暮らしていた。
そのため、友人もほとんどいない長野へひとりで移住した、という話をすると皆おどろく。
確かに、大都会から人口8000人の町へ引っ越したこと自体も十分話題性に富んでいる。
しかし、移住が霞むくらい、働いていたこども園が面白すぎた。
まず私は、親子海水浴という行事の日に、朝から人魚姫に変身している。
これは冒頭で述べた通りだ。
ちなみに早朝ならば空いているし、涼しいということで、集合時間が早かった。
また、当日は人魚姫だけでなく、
「アラスカ行き」のプラカードをもつヒッチハイカー(後に園児から「アラスカの人」と呼ばれることになる)や、
海水浴場で先んじて、砂浴をしている人(園児から見たら砂に埋まっている怪しい人)、
緑色の水泳帽を顔が隠れるまで被り、岸辺まで泳いできた人(怖くて泣く園児発生)等もいらっしゃいました。……ちなみに全員保護者です。
しかし私の変身は、人魚姫で終わらなかった。
魔法をテーマにした絵本やお話を楽しむ会では、魔女に変身し、大真面目に景品を配った。
園児向けの健康診断では、本物の医師はひとりで、他は全て医療従事者に扮するスタッフ。
私は、トイレの便器(※新品です)から、お薬(干し柿)を出す薬剤師だった。
白衣には、フェルトでつくられた食べ物をいくつもぶら下げ、怪しさ満点だった。
ひな祭りでは、顔にドーラン(歌舞伎で使われるような白い練粉)を塗りたくり、眉毛をなくし、おちょぼ口を書いたお姫様になった。
お姫様が園児たちを自分のお城に招き、食事を振る舞うという設定なのだが、なぜか序盤は「お姫様に失礼のないように!」という指示が園長先生から飛び、真に受ける私と園児たちにより、緊張感が漂う室内(じゃなかった、城内)となった。
お世辞にも綺麗とは言い難いお顔のお姫様が押し黙っていれば、誰がどう見たって不気味で、その異様な雰囲気にフルフルと涙を流す3歳児。
ちょっぴり心が痛くなったが、最終的には子どもたちから
「お姫様の好きな色は何ですか?」
「お姫様の好きな虫は何ですか?」
「お姫様の好きな除雪車は何ですか?」
など、ユニークすぎる質問攻めにあい、子どもだけでなく、大人もあとから思い出してはひとしきり笑った。
変身シリーズだけをずらずら並べると異常な園と思われるかもしれないが、それは誤解だ(と思う…。)
その園では、「大人がまず楽しんでいる姿を見せる」というのを大切にしていた。
行事にしてもなんにしても、「やってごらん」と子どもの背中を押すのではなく、
まず率先して大人が楽しむ。
その姿が楽しそうで、「自分もやってみたい!」と思えば、子どもは自然とあとに続く。
そういうわけで、私は1年間、さまざまなものに変身したのだった。
(とはいえ、園長先生が当日朝思いついたからといって、朝の3時台に変身依頼がくるのは勘弁してほしい。)
そんな面白すぎる1年間を回想していたら、最近、子どもの居場所を運営する人から、こんな文章を教えていただいた。
「まず、おとなが幸せにいてください。
おとなが幸せじゃないのに子どもだけ幸せにはなれません。
おとなが幸せでないと、子どもに虐待とか体罰とかが起きます。
条例に”子どもは愛情と理解をもって育まれる”とありますが、
まず、家庭や学校、地域の中で、おとなが幸せでいてほしいのです。
子どもはそういう中で、安心して生きることができます。」
これは2001年に施行された「川崎市子どもの権利に関する条例」がつくられたときに、子ども委員会から発せられた、子どもたちからおとなへのメッセージである。
そしてわたしはこれにより思い出したのである。
私も子ども時代、毎年のように行っていた児童館主催のキャンプで、なにかにつけて変身して登場していた大人たちに出会っていたことを。
そして「この人たち楽しそうだな、大人になるって面白そうだな」と思ったことを。
だから、私は変身することに戸惑いがなかったのか。
人魚姫に変身できるくらい、私は今幸せなんだな。(ん? ちょっとちがう?)
子どもたちには、人魚姫も、魔女も、薬剤師も、お姫様も別に忘れてもらって構わない。
しかし、アホなことをしている大人たちの幸せそうな雰囲気を感じていてほしい。
そして、彼らが大人になった時、幸せな大人として、子どものそばにいてほしい。
***
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