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悲しい日曜日


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記事:山田THX将治(天狼院・ライティング実践教室)
 
 
都会育ちなせいか、私は動物と縁遠い子供だった。
正確には、動物園にも行きたがらない変わった嗜好だった。
 
それでも馬だけは、興味を持って観ていた。多分、映画やテレビドラマの西部劇が好きだったからだろう。
主人公(ヒーロー)が、颯爽と遣って来て、粋な一言を放ちながら去って行く時、馬上の姿が常だったからだ。
如何にもスピードが出そうな体躯(馬の)と、黒目がちで円らな瞳が愛らしく感じたことも有るだろう。
 
 
そんな、馬だけ好きな少年は毎週日曜日の午後、競馬中継を見ていた。勿論、ギャンブルとしての競馬に興味が有った訳では無い。
人馬一体と為って疾走する姿に、子供ながら喝采をしていたのだ。
 
 
競馬には時としてアクシデントが起こる。事が起こると大概の場合、騎手は兎も角、馬の生命が危うく為るものだ。
脚を折ってしまったり、転倒して大怪我をしたりするからだ。
走ることが本能である馬、特に競馬場を走るサラブレッドは、再起不能と為る大事故に遭うと“予後不良”と診断され、安楽死処分に為るケースが多い。苦しませない様にとの、管理者側の配慮だ。
レース中の落馬事故や、馬が転倒したりすると、私の日曜日の想い出は一気に悲しいものと為る。
 
古い記憶をさかのぼると、悲しい日曜日に、一層の涙を誘う光景が甦る。
 
55年前の年末、1967年12月17日、テレビでは阪神競馬場で開催された“阪神大賞典”という重賞競走が中継されていた。現在の同レースよりも長い3,100mのレースは、2年前のダービー馬である本命馬(1番人気)が、馬群を引き連れて淡々と進んでいた。
そして、先頭の本命が最後の4コーナーを回り始めた時、アクシデントが発生した。
本命馬は、馬場のくぼみに右前脚を取られ、もんどりうって転倒した。鞍上の騎手は、放り出された拍子に頭を強く打ち気を失ったようだった。
思わず目を背けたくなりそうな光景だった。
しかし次の瞬間、私はテレビ画面の端に、思わず釘付けに為った。
 
4コーナー迄先頭を疾走していた馬の名は、『キーストン』という。当時アメリカで、最速を誇った特急列車の名から付けられていた。
転倒したキーストンは立ち上がると、先を行く馬群を追うというサラブレッドの本能に反し、相棒の山本騎手の元に戻って来た。
しかし、その足取りは覚束無かった。
それもその筈、キーストンは右前脚を骨折していたのだ。
しかも三本脚で戻って来たキーストンは、動かない山本騎手に鼻先を近付け、まるで、
「山本さん、起きてよ。早く乗って、追い掛けようよ」
と、訴えている様に観えた。
 
全国のファンは、阪神大賞典の結果よりも、キーストンと山本騎手のことが気に為っていた。
幼かった私は、訴えかけている(様に観える)キーストンの仕草に、感情が高ぶった記憶が有る。
 
レース後、キーストンは“予後不良”と診断された。
山本騎手は病院に運ばれ、復帰まで半年掛かったという。
 
中継の報道でそのことを知った私は、途轍もなく悲しみに暮れた。
特に、痛む脚で騎手を起こしに行ったキーストンの健気な姿は、脳裏に深く刻まれ、想い出す度に涙してしまうのだ。
 
 
先週の日曜日(2023年5月28日)は、私にとって何度目かの悲しい日曜日と為って仕舞った。
丁度、55年前の記憶が甦った様だった。
但し今回は、立場が逆だったが。
 
昨日開催されたのは、競馬の祭典と評される『日本ダービー』だ。今年の日本ダービーは、90回目の開催だった。
その為か、今年のダービーはどこか‘特別感’が有った。
 
競馬が開催される各国では、決まって“ダービー”が開催される。
ダービーは馬(サラブレッド)にとって、一生で一度しか走ることが許されない特別なレースだ。言い換えると、サラブレッドはダービーを勝つ(又は、走る)為に生まれ・開発された、血統の芸術品ともいえる。
 
ダービーを勝つということは、全国の高校生の中から、甲子園の全国高等学校野球選手権に勝ち残る位、難しくも名誉なことなのだ。
その確率は、約8,000分の一だからだ。
 
今年のダービーは雨の中、アクシデントで始まった。
スターティングゲートが開いた直後、18頭の出走馬の1頭が、躓いてバランスを崩し鞍上の若手騎手を振り落としてしまったのだ。
第90回ダービーは、17頭で進行した。
多少の出入りは有ったものの、4番人気が優勝し、本命馬が2着に入線した。
一応、平穏の部類に入る結果だった。
 
ところが、平穏な日曜日を悲しい日曜日に替える事故が、“ゴール前”から起こっていた。
 
馬群が残り200m付近に達した時、一頭がずるずると離れる様に歩みを緩めたのだ。
2番人気のスキルヴィングという馬だ。鞍上は、フランス出身のクリストフ・ルメール騎手だ。前哨戦(青葉賞)を勝ち上がった期待の馬と、現在日本ではナンバー1名騎手のコンビだ。
馬群から離れたのは、名騎手が愛馬の異変を感じ、追うのを止めたからだ。
 
馬群から大きく遅れてゴールしたスキルヴィングとルメール騎手は、100m程先でその歩みを止めた。
そして、ルメール騎手が下馬するや否や、スキルヴィングはその馬体を馬場に横たえた。膝付いたルメール騎手は、愛馬の首を撫でながら心配そうに救護班を待った。
 
診断の結果スキルヴィングは、急性心不全だった。そして、搬送中に死亡が確認された。
 
 
診断から推測されるのは、以下の通りだ。
ルメール騎手が感じた愛馬の異変は、もしかしたら、呼吸の停止だったのかもしれない。それで彼は、追うことを止めたと考えられるからだ。
 
一方のスキルヴィングは、相棒の安全を考え、苦しい心肺にも拘らず必死に走り続けたのだろう。何故なら、馬群の中で歩みを止めたら、最も危険に晒されるのは相棒の騎手だからだ。馬群に紛れて、他馬と接触する恐れが有るからだ。
他の馬にだって、迷惑を掛ける。集団の中で、一頭だけ急に速度が落ちるのだから。
 
その状況を間違い無く、スキルヴィングは理解していた筈だ。何故なら、サラブレッドは牧場での育成中、集団で走ること、その際の危険性を思えさせられるからだ。
そして多分、心停止に近い状態でも、相棒と同志(他馬)の安全を確認出来る所迄、ゆっくりとでも歩みを止めなかったのだろう。
サラブレッドとして生れたからには、走ることが宿命付けられている。
それに、馬は決して人間を踏むことが無い様に、本能に植え付けられているのだから。
 
 
北欧神話の主神オーディンの別称から名付けられたスキルヴィング。
 
私はこれから、悲しい日曜日の想い出と共に、『スキルヴィング』の名を忘れることは無いだろう。
 
私はこれから暫く、『阪神大賞典』と『日本ダービー』の季節に、悲しい日曜日の記憶を想い出すことだろう。
 
そして私はこれからも、キーストンとスキルヴィングの優しさ、相棒に対する思いやりを忘れることは無いだろう。
 
 
 
 
***
 
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2023-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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