メディアグランプリ

自由気ままなひとり者が人を欲した夜


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記事:平井理心(ライティング実践教室)
 
 
湖面をたたきつける雨音が、私を不安にさせていた。
湖面を波立たせる風音が、私を怯えさせていた。
こんな夜は、嫌い。ひとりは、怖い。
誰かにそばにいて欲しくなる。
 
そんなとき
「大丈夫だよ」
と、笑いかけてくれた。私の心は、ほわっと回復した。
 
この日、台風2号は線状降水帯を発生させ、日本各地で大雨となった。
私が住む地域も朝から大雨だった。おまけに、この線状降水帯が私たちの上空に長時間居座っていたようだ。20時まで残業をして帰宅してもなお、いや、さらに雨は強くなっていた。時折、強風も吹いた。
 
「ただいま」
自宅マンションの玄関を開けた。「お帰り」と声を掛けてくれる人はいない。26年前に家庭をもったが、10年で片親となった。それから2人の子どもと一緒に暮らしているのだが……。
息子、25歳の部屋を覗く。やっぱり、いた。情報系の大学院に席を置く息子は、こんな大雨とか大風とか自然現象は興味がないようだ。デジタルの世界に浸っていた。ヘッドホンをつけて3面モニターに向き合っている。声掛けても反応なし。
娘、22歳の部屋を覗く。やっぱり、いない。今日はバイトの日だった。場合によっては、娘は友人宅で泊まるかな? そんなことをぼんやり思った。
 
マンションのベランダに出て、眼下に広がるのは、日本で2番目に大きい湖とされている霞ヶ浦。その湖面に雨風がぶつかる音が、ありありと聞こえてくる。闇夜に目を凝らすと、湖の水位がいつもよりかなり増している。
「大丈夫かなぁ」
ひとり呟く。それに応えてくれる人は、いない。不安が広がった。
 
いつもは、自由気ままな生活を満喫している私。ひとりカフェ、ひとり居酒屋、ひとり映画、ひとり旅……。なんでもできる。特に、子どもが高校を卒業してからは、本当に自由になった。誰にも気兼ねなく、自分の時間を満喫していた。ひとりでいることを何よりも愛していた。
 
そんな私でも、こういう日はひとりでいるのが嫌。
そう、あの時も。あの時は、本気で再婚を考えた。
2011年3月11日。大地震が東日本を襲ったとき。2人の子どもを抱え、怖かった。避難所に行ったらいいのか、このまま自宅で朝を迎えた日がいいのか。当時小学生の子どもたちに相談することもできず、ひとりで決断するのが怖かった。こういうとき、パートナーがいれば、相談できるのに。一緒に考えて、手を取り合い、命を守る行動をとることができるのに。私は、ひとりでいることを悔い、パートナーを欲した。
 
でも、喉元過ぎれば熱さを忘れる。
友人や職場の人たちに助けられながらなんとか乗り切ると、もう、再婚のことは頭から消えていった。やっぱり、ひとりが身軽で楽しかった。
 
雨足が強くなる。時折風も強まる。その不規則さが、よけいに私の心を押しつぶす。
ふいに懐中電灯の電池が切れていたのを思い出した。非常食も期限切れ。ただいま、22時。コンビニしか開いていない。でも、この時間だ。商品はもうなくなっているんじゃないだろうか。みんな買い込んでるよ。私のような買い物客でごった返しているよ、きっと。どうしよう、でも、行くしかない。
 
傘をさして、歩いて3分のコンビニへ行った。
そこは、想像していたものではなかった。
普段と変わらない、閑散とした深夜のコンビニだった。陳列棚には、カップ麺が豊富に並んであった。パンも水もお弁当も、そして電池も。何もかもそろっていた。
「こんなに心配しているの、もしかして私だけ?」
 
拍子抜けした。でも、折角来たのだから、懐中電灯の電池と避難食になりそうなカップ麺等を籠一杯に買った。レジに出す時、ちょっと恥ずかしかったけど、備えあれば憂いなし。
 
自宅に戻り、地方自治体のLINEやホームページを見ながら、とりあえずいつでも避難所に行ける準備はしていた。こういうとき、誰かと話したかった。大丈夫だよって、言ってもらいたかった。そして、ハグしてもらえれば、どれだけ気持ちが楽になるか。
そんなことを思わせるのは、きっと不気味な雨音のせいだ。
 
「ただいま~」
明るい声がした。娘だ! 帰ってきた。
私はすぐに問う。
「避難所に行く? どうする?」
娘は笑いながら
「大丈夫だよ! バイト先でも話してたけど、ここは大丈夫だよ」
一気に気が抜けた。そして気付いた。私はひとりじゃないって。私にも笑いがこみ上げてきた。何ひとりぼっちみたいな気持ちになってたんだろう。ばかみたい。
 
息子の部屋に行って、ヘッドホンを取り上げ言った。
「もう少し起きてる? 私もう寝るから、何かあったら起こしてね」
息子はうなずいていた。
 
そうだよね、私ひとりじゃない。相談できる人が2人もいる。あの3.11のときではない。あの時、必死で守ろうとしていた子どもたちは、もう、大人だ。頼りにしよう。
そう思うと、不思議。雨の音も、風の音も気にならなくなった。
 
私は、安心して朝までゆっくり眠れた。……というか、寝坊した。
息子も娘も、出掛けた後だった。
「なんで、起こしてくれなかったんだよ!」
と言いながら可笑しくなる。
さぁ、今日もひとりぼっちではない“ひとり”を楽しもう。
 
 
 
 
***
 
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2023-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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