弱くなったチームの野球ファンを続けると生きるのが下手になっていた話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:北本 亮太(ライティング・ゼミ6月コース)
「ああ……今日もダメか」「つらいぜ」
今日も父と弟と私の3人のグループラインが動いている。私はデート中だから試合を見ていないが、おそらく負けたのだろう。私は隣を歩く彼女に気付かれないよう、ぼそっと「はぁ……」とため息をつく。ただでさえ雨が降っているのに心までどんよりする。
私は子どもの頃から家族そろってプロ野球・中日ドラゴンズのファンだ。冒頭の言葉でお察しの通り、ドラゴンズはとても弱い。6チームが所属するセントラルリーグではこの10年、3位が一度だけで、あとは4位以下が定位置。エラーも多く、ボールをサーカスのようにお手玉している姿は、まるで売れない劇団の演劇でも見ているようだ。今年も6月の段階で優勝はほぼ絶望的な状態。どこからかファンの悲鳴が聞こえてくる。
無念さをこらえ、予約していたイタリアンのお店に入った。席に座り、しばらく談笑していると彼女がトイレに立った。即座にスマホのプロ野球速報を開き、結果を見る。どうやら今日は逆転負けのようだ。自然に顔がこわばる。すると知らぬ間に席に戻っていた彼女の鋭い目が光った。
「顔が怖いけど、どうしたの?」
どきっ!!!! ば、ばれました? ってかトイレから帰るの早くない!?
「いや、あはは。ごめん。ドラゴンズが負けていたから……。あはは……」と必死で弁解した。彼女がなんとも言えないような苦笑いを浮かべている。そりゃそうだ。野球に興味がない側からすると「せっかくの食事なのに……」と呟きたくなるだろう。そんな心情を察し、「ごめん! 気付かずに携帯触って!」とまた謝った。
私は心の中で「しゃあないやん。許してくれ」とぼやいた。ドラゴンズはシーズンが始まって3ヶ月も経っていないのに既に首位と15ゲーム以上離されている。マラソンでいきなり転んでスタートしている気分だ。すると彼女が不思議そうな顔をして私にこう言った。
「なんで弱いのにファンをやめないの?」
不意の質問だった。「そんなん、好きやからに決まってるやん!」と返す。彼女は「ふ〜ん。そんなもんなのね〜」と微笑む。
私は何か不思議な感覚に包まれた。このセリフはどこかで聞いたことがあったからだ。ふと視線を横に移すとさっき頼んだビールが置いてある。それを見てすぐに思い出した。親友に言われた何気ない一言だった。
「なんで愚痴ばかりなのに別れないの?」
いやいや、なぜこの彼女がいる前で思い出す⁉︎ 思わずビールを吹き出しそうになった。
社会人になって間もない頃、私には付き合っていた彼女がいた。見た目は美しい女性だったが、いかんせん気が強い。口げんかでは勝てないし、友人と遊ぼうとすると口出ししてくる。飲み会で他の女性がいると知ると一気に不機嫌になる。
気を遣ってばかりの日々にうんざりしていたある日、親友に自分の心中を吐き出した。居酒屋でビールを片手に愚痴をひたすら言い続ける私。その姿を見兼ねて先ほどのセリフが出てきたというわけだ。
しかも私はその時「だって好きだから……しゃあないやん」と答えている。セリフもほとんど一緒である。親友の呆れた顔がぼんやりと心に浮かんだ。
懐かしさに酒も相まって、少し饒舌になった私は「好きなものに妥協しないのは良いことでしょ?」と渾身のドヤ顔で語る。彼女は「はいはい」と小さく笑い「妥協とかじゃなくて、我慢できるのはすごいなあって思うよ」と笑顔を見せる。なんていい彼女だ。でも実際どうなんだろうか。この性格、決して良いことばかりではない。むしろ、辛いことの方が多い。
自慢ではないが、昔から好きなものはとことん好きになれるタイプだった。いわば一途である。浮気や不倫なんて論外だと思っている。世間を騒がせている芸能人やスポーツ選手の報道を見て、うんざりしているような人種だ。そして、相手に「嫌い」と言えない性分でもある。それは苦しいことを耐えればその先に必ず良いことがあると信じるからだ。それを実証したのがドラゴンズだった。
私が子どものころ、ドラゴンズは黄金期を迎えていた。名将・落合博満監督の指揮のもと、チームは毎年のように優勝争いを繰り広げた。落合監督が掲げたのは1点を守り抜く野球。これは忍耐力との勝負であり、ファンも我慢が必要だった。試合から目を背けたくなる場面もあるが、耐えないと勝利の喜びを味わえない苦しい場面を何度もこらえて球団初の連覇を勝ち取った。
ドラゴンズのおかげで毎年のように幸せな思いができた。私はそこから、「我慢が何より大事」と意識するようになった。高校時代、辛いいじめも受けたが「卒業までの我慢」と耐え抜いた。社会人となってからは上司から毎日怒鳴られる経験もした。それでも、いつか終わると信じて耐えてきた。恋愛も同じだった。「嫌だ」と言えない性分故、もう関係が終わったと思っていても何とかしようとプレゼントを買ったり、思い出の場所を旅行したり……。お金の無駄とわかっていても最後まで粘った。さっき出てきた女性もそうだ。そしていつも振られるのが定番だった。ああ! 人生損している!
そして気付けばドラゴンズも弱くなっていった。「我慢してもだめじゃないか」と落ち込んだこともあった。それでも応援はやめられなかった。いつかは絶対勝つ。そう言い続けて、早くも10年以上が過ぎている。
せっかくお褒めのお言葉をいただいたのになんとも複雑な気分だ。彼女は悪くない分、なんだか申し訳ない。少し息を吐いてから「この性格だと、苦労も多いけどね〜。もっと楽に生きたいけど」と返すと、彼女は「確かに大変そう。私はそこまで熱中できなさそうだからね。いろいろ聞いていると亮太の人生はゲームで言うとハードモードね。みんなイージーの方を選ぶけど、亮太はあえてそっち選んでいるみたい」と言う。彼女よ。なかなかうまいこと言うじゃないか!
確かに。私は気付けば生きるのが下手くそだ。なぜか厳しい道を選んでいる。いじめられている時も先生にとっとと言えばよかったのだ。辛い時、仕事だったら逃げるなり、別の人に訴えるなり方法はあったし、恋愛だったらさっさと別れて次の相手を探せばよかった。それでも後悔はしていない。まだ30年の人生だけど、それも一つの財産であり、大切な思い出だ。何より辛い道を選んだことで「これ以上辛いことはもう起きない」という謎の自信も生まれている。(その想像をいつも超えられているのだが……)
そんな僕の人生の礎をつくってくれた強い頃のドラゴンズには感謝している。今は弱くても、その分、勝った時の喜びは大きいし、いつかは低迷期を抜け出すに違いない。優勝する時があったら涙なしにはいられないだろう。人生もそうだ。ハードモードでも良いじゃないか。うまくいかないことがあっても、いつかはきっと良いことがある。いろいろ辛いこともあったが、今はパワハラ上司ともおさらばし、こうしてお付き合いしてくれる人がいる。それだけでも幸せなことじゃないか。
楽しい食事を終え、外に出ると雨は上がっていた。
「止まない雨はないよなあ」
翌日、ドラゴンズはまた負けていた。
***
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