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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:スズキヤスヒロ (ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
ある日、酒を飲まなくなっている自分、に気づいた。
 
まったく、酒を飲む気がしなくなっているのである。
これまで、生活のなかに普通に酒はあった。
酒を飲むことは、特別なことではなかった。
 
だが、酒を口にしたいと思わない。
酒に対して、何の感情も湧いてこないのだ。
 
「おかしい……」
 
少し心配になって、ビールを買ってみた。
特に飲みたいとも思わないが、口にしてみる。
 
「苦い…… 確かにビールの味だ」
 
だが、まったく気持ちが動くことはない。
ただ機械的にビールを口に流し込む。
 
「おれは、病気にでもなったのか?」
 
少し怖くなってきた。
 
冷蔵庫から、秋田出張で手に入れた限定品の日本酒を、取り出した。
ほとんど店頭に並ぶことがない幻の酒だ。
 
芸術品のような美しい酒瓶を、目の前に置いてみる。
だが…… 心はまったく動かない。
 
気持ちを振り払うように、飲む気もないのに、勢いよく瓶の栓をあけた。そして、間髪をいれず少しグラスに注ぐ。
 
そして、そっと口のなかに流し込んでみた。
 
「日本酒だ」
 
それ以上の感想も感動も、まったく湧き上がってこない。
なんだか、がっかりして、酒瓶に栓をして、そのまま冷蔵庫に入れた。
 
数日後。
親しい同僚から、久しぶりに飲みにいかないかと、誘われた。
酒場での最初の一杯を口にするまでの高揚感が好きだ。
 
「とりあえず、生中を2つ。それと、枝豆」
 
同僚と乾杯するのは、数ヶ月ぶりだった。
 
「かんぱーい!」
 
凍らせてあるジョッキに、キンキンに冷えたビール。
冷たさが喉を通り過ぎていく……
 
「くぅ……」
 
これは、生ビールで乾杯した直後に発することが決まっている、音だ。
この音を発した後のしばしの“余韻”も重要である。
 
だが…… あれだけ大好きだった生ビールが、うまくもなんともない。
 
私は、台本を読むようにこの音を発し、目を細めて“余韻”の演技をした。
 
同僚はどんどんジョッキを空けていく。
私は、作業のように、同僚のペースにあわせて、ビールを機械的に口から流し込んでいった。
 
そんな日が続き、私の生活のなかから“酒”が消えていった。
 
健康のためなんかじゃない。
体調が悪いわけでもない。
単純に、酒が欲しくないのだ。だから、飲みたくない。
 
こうなってみて、いままで“酒を飲まされていた”自分に気づいてきた。
 
乾杯なら、ビール。
和食なら、日本酒。
フレンチなら、ワイン。
博多に行ったら焼酎で、沖縄なら泡盛。
 
気持ちよりも、状況を優先させていた自分に気づいてきた。
そう気づけたのは、歳を重ね、自分の気持ちのなかに少し“余裕”ができてきたせいなのかもしれない。
 
これまで嗜んできた酒を、あまり口にしなくなってきたので、
家族に少し心配された。
 
「身体がどこか悪いんじゃないの? 病院で診てもらったら……」
 
そう言われても…… 心配してもらう気持ちはありがたいが、なんの不調もなく、健康診断でも問題がないのに、“酒が飲みたくなくなりました”と病院に行くのも気が引ける。
 
私は持病があって、数ヶ月に一度、薬をもらうために受診する。
 
「どうですか、最近お身体でなにか気になることはありませんか?」
 
「これといって……。強いて言えば、最近、酒を飲みたくなくなってしまって、家族が心配しているんです」
 
冗談めかして、苦笑いしながら言ってみた。
すると…… いつも穏やかで笑みを絶やさない、十年以上の付き合いのかかりつけの医師の顔色が、サッと変わった。
 
「えっ…… それはいつ頃からですか?」
 
急に空気が、硬く張りつめた。
 
「え、まぁ…… 半年前ぐらいからでしょうか……」
 
やはり、なにか悪い病気の症状なのだろうか?
目の前で医者に、厳しい表情をして黙りこくられると、それだけで胃に穴でもあきそうになる。
 
そして、椅子を回転させて、私の目の前に居直り、まっすぐに私の目を見て、ゆっくりと口を開いた。
 
「これまでの検診のデータから、考えられることとしては……」
 
「…… 老化ですね」
 
そういって、イタズラっぽくニコリと微笑んだ。
 
「あなたの場合は、調子に乗って飲み過ぎると、肝臓の数値が少し悪くなる時もあるし、いいんじゃないですか?」
 
立川談志が晩年のインタビューでの、
 
「なにしろ、高齢者は初めてなもんで……」
 
を思い出した。
 
私も、なにしろ老化に慣れていないもんで、自分の身体のこのような変化は『初体験』だ。
 
それにしても、これが、老化というものか…… ちょっとガックリと意気消沈した。
 
今でもたまに酒が欲しくなるときもある。
でも、若い頃のように、“状況に自分の気持ちがもっていかれて”、酒を飲んでしまうことは、ほとんどなくなった。
 
酒宴で「なぜ飲まないのか? 断酒したのか?」と聞かれることがあるが、
「断酒はしていない。いまは飲む気がしないから飲まないだけ」と返すようになった。
 
これから歳を重ねるごとに、酒に限らず、“自分が欲しいこと、やりたいこと”しかやらなくなっていくのかもしれない。
なぜやらないのか? と問われれば、
平然と「やりたくないから、嫌だからやらない」と返す。
 
最近では、歳を重ねるって悪いことばかりじゃないな、と思えるようになってきた。
だって、もう自分はこの期に及んで、立身出世などする必要はないのだ。
誰に忖度することも、ゴマをすったり、へつらったりする必要はない。
それに、これまで押さえつけられてきた先輩たちは、これから、どんどん減っていく。
 
状況に自分を合わせるのではなく、自分は自分、嫌なことは嫌。
小説家・内田百閒が日本芸術院会員推薦の固辞の理由を思い出す。
 
彼が固辞した理由は、嫌だから。
なぜ嫌かといえば、気が進まないから。
なぜ気が進まないかといえば、嫌だから。
 
もっともっともっと、パンキッシュになっていこう
(もちろん、社会には迷惑をかけないように)。
 
 
 
 
***
 
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2023-06-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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