メディアグランプリ

慰霊地の山に想いを馳せる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松浦哲夫(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「山は無数の魂を宿す慰霊地である」
そんな言葉を聞いたことがある。雑誌だったか書籍だったか、はたまたネットの記事だったか忘れてしまった。ただ、約20年もの登山経験を有する私にとってこの言葉は、どこか特別な響きを感じとってしまう。
 
この言葉に異を唱える人はいないだろう。かといって、この言葉に、言葉以上の何かを感じとる人もきっと少ない。「まあ、そうかもしれないな」くらいの認識だろう。
 
もともと私は魂だの霊だのといったスピリチュアル的な話を信じるほうではなかった。自分の実感としてそういったものの存在を感じとることができない以上、全面的に信じることができないのだ。
 
私以外にもそういう人がたくさんいるはずだ。
 
しかし、ある年の夏の登山を境に、そんな私の考え方は全く変わることとなった。魂だか霊だか呼び方はともかくとして、そういったものは確実に存在する、と考えるようになった。
 
ある年の夏の8月、確かお盆くらいの時期だったと思う。私は会社の休暇を利用して山に来ていた。夏登山特有の身軽な服装で、背中のリュックには食料、寝袋、テント、着替えが詰め込まれていた。2泊3日の日程で山を歩き回る予定だ。メンバーは私1人。何かにつけて1人での行動を好む私は、山でも1人だ。1人での登山は万が一の怪我の時の対処が困難になるというデメリットはあるものの、その気楽さ、快適さは何物にも代えがたい。
 
その日は雲一つない晴天だった。空を見上げれば、背の高い木々の間から強烈な光が当たりを照らし、夏の山を美しく演出する。夏の日差しはあまりに強烈で熱中症対策が必要となることもあるが、山での日差しは心地よい。避暑地としても最適だろう。
 
壮大な景色を楽しみ、豊かな木々の息吹を感じながら1人で黙々と足を運ぶこと3時間、私は難なく山頂へとたどり着いた。登頂は登山という活動における1つの目的であるが、ここまで快適に登ることができた私にとって登頂はおまけのようなものだ。自然を存分に満喫し、心と体に安らぎを与えること。これこそが登山の醍醐味なのだから。
 
ひととおり山頂からの景色を満喫し、私はその場で宿泊の準備を始めた。まずはリュックの中の荷物を全て出す。荷物の中にあるテントを組み立てて、テントの中に寝袋を中に広げる。いつもやっている慣れた作業だ。3分とかからない。
 
あとは今晩の夕食の準備だ。これが登山における最大の娯楽と言っていい。登山で極限までエネルギーを消費したことに加え、山の空気が食欲を駆り立てる。夕食の準備をしながら、飲んだくれのシェフのように生のウィスキーをクイっと飲む。それで食欲はさらに増進、ここまでくるともはや食べること以外の思考が完全に停止する。
 
手早く食事を作り、簡易テーブルにおけば豪華ディナーの完成だ。ウィスキーの水割りを片手に山に向かって乾杯すれば、あとは至福の時間が待つのみ。あっという間に食べ終わり、薄暗くなった空を見ながらその瞬間を存分に楽しんだ。
 
食器類を片付け、歯を磨くともうあたりは真っ暗だ。満天の星を見上げながらスマホでジャズを流し、片手にはウィスキー。最高の時間を過ごしていると、早々に眠気がおそってくる。名残惜しくはあるが、私はテントに入って眠りにつくことにした。
 
その時だった。ほんの一瞬だが、私はどこか異様な、そこに人がいるような気配を感じた。不思議に思ってテント周辺を見渡した。誰もいない。当然だ。ここは標高1200mの山頂、周囲には高山植物しかない。気のせいと思った。ほろ酔い気味なこともあり、気が高ぶっているのだろう。とにかく眠かった私はテントに入って寝袋に潜り込んだ。
 
寝袋に入ればすぐに眠りにつく、と思った。しかし、なぜか眠れない。胸がドキドキする。慣れない布団や枕では眠れないという人もいるが、私にとって寝袋は自宅の布団と同じだ。
 
私は寝袋にくるまったまま上体を起こした。理由はない。ただ、とても寝ていられなかった。私は何気なくテントの側面にある空気穴から外をのぞいてみた。先ほどまで夕食を食べてジャズを聴いていた場所だ。何も変わらない。ただ1つを除いて。
 
「あれは誰だ?」
 
テントから5mほど離れた山の斜面の手前に人が立っている姿が見えたのだ。こちらに対して背を向けている。私以外に登山客がいれば気がついているはずだが、すぐにそうではないとわかった。まず、その人は女性のようだった。やや強めの風に煽られて長い髪の毛がなびいていた。それはいい。ただ、着ている服が普通ではなかった。その女性の服装は明らかに着物だった。腰から帯のようなものが髪の毛と同様に風になびいていた。
 
考えられることではない。数百年前ならまだしも、現代において山頂で着物姿の女性が夜中にぼうっと立っていることなどあり得るだろうか。しかも、両肩をさらけ出し着崩しているのだ。
 
私はその異様な光景に言葉を失った。眠気も酔いも吹っ飛んだ。自分のいるテントのすぐ近くに得体の知れない者が立っているのだ。私は迷った。その人の気配を感じたまま眠りにつくことなどできない。安眠のためには、自分の今の状況を知る必要があった。そのためにはテントの外に出るしかなかった。
 
再び空気穴から外をのぞくと、やはり女性が立っている。こちらを振り向くこともなく、じっと同じ方向を向いている。よく見ると肩の息づかいもわかる。間違いなくそこには女性がいる。私は生のウィスキーをクイっと飲んだ。やはり恐怖を感じていた。私はこれから得体の知れないものと対峙しようとしているのだ。
 
意を決して私はテントの外に出た。恐怖は極まり、生のウィスキーの酔いもたちまち冷めた。幾分生ぬるく感じる風を浴び、私はゆっくり女性のいる方向に目を向けた。しかし、そこには誰もいなかった。髪の長い女性も着崩した着物も、風になびいた帯も何もなかった。恐る恐る女性がいた場所に近づいてみた。しかし、そこには風で揺れる高山植物があるだけだった。もう人の気配も感じなかった。そして私は再び1人になった。
 
死後の魂や霊というものが本当に存在するとしたら、あの時私が山頂で見た女性は霊だったと思う。太古の昔より形を変えずその場に存在し続ける山は、私たちのご先祖様の魂を数多く宿している。
 
私たち現代人は、山をレジャーの場として利用している。しかし、かつての山は生活道路であり、修行の地であり、神が宿るご神体であり、そして多くのサムライが命を落とした戦いの場でもあったのだ。中には不幸な死を迎えた人、この世に未練を残して死を迎えた人もいただろう。
 
「山は無数の魂を宿す慰霊地である」
この日の夜、私はこの言葉を恐怖と共に体感した。今になって思う。あの時私は、かつてこの地この場所で死んでいったご先祖様と巡り合ったのだと。それは本当に素晴らしいことだし、光栄なことなのだ。
 
登山は、自然を満喫し心と体に安らぎを与える活動だ。ただ、時には数百年前に生きたご先祖様に思いを馳せてみる。そういう登山の楽しみ方もあっていい。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2023-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事