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見守るには、強さがいる

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:くろねこ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
見守るって、難しい。
それが大切な人なら、なおさらだ。
つい口を出したくなるし、手も出したくなる。それは心からの気持ちだろう。
 
でも見守ることは相手の自由と自己決定を尊重する行為だ。
それは愛情の一部であり、本質的な支えだと感じる。
 
そう思えたのは、ごはんを食べることも、夜眠ることも、まともにできなくなった時、
最も身近な人が見守ってくれたことで、救われた経験があるからだ。
 
 
会社でこの7年くらい、私の全てをそこに注いでいた。それを自分の手で解体することになった。
納得は出来なかったけれど、仕方がないと言い聞かせて、会社ではなんでもないふりをした。
 
周りは私のことを鉄の女、とか鋼のメンタル、と呼んでいたことは知っていた。本当は鉄でも鋼でもない、豆腐な私は全ての感情を凍結させて、業務処理にあたっていた。そうやってギリギリの状態で一緒に戦っていたメンバーから「ごめんなさい」という言葉とともに、会社を去ることが伝えられた。
 
 
その日はとても寒い日だった。
何度目かの緊急事態宣言が出されて、23時過ぎの東京メトロ丸ノ内線には、誰も乗っていなかった。
自分だけが異世界に飛ばされたような空間だった。
 
緊張が一気に緩み、涙が溢れてきて止まらない。
泣きすぎて涙と鼻水でマスクがべちゃべちゃになって、口に張り付く。
とっさに息ができない、と思ってマスクを外した。
こんな時でも身を守る行動をしてしまうんだなと思って、自分が嫌になる。
 
 
家で待つ彼からお使いを頼まれていたが、この状態では難しそうだ。
ちょっと無理そう。とメッセージを送ると、何かを察したのか「気にしないで」と返事があった。
 
駅から家までの道のりも、涙が止まらなかった。
家の扉を開けると玄関で彼が待っていて、私の顔を見るなりカバンを受け取って、何も聞かずに「お風呂、入ってきて」と告げた。お風呂の中でも泣いた。お風呂から上がると温かいホワイトシチューが用意されていた。たっぷりのバターが塗られた食パンが添えられている。私の好きなメニューだ。黙ってそれを食べた。
 
食事を済ませて布団に入るとまた涙がでてきたけれど、やっぱり彼は何も聞かなかった。
体も脳もくたくたなのに、全く寝付けない。布団の中でじっと固まっていた私の背中を彼がぽんぽんとする。
 
一睡もできないまま、翌日も会社に行った。
そして帰宅すると、またお風呂と温かいごはんと、ふかふかのお布団を用意してくれていた。
そんな日々が続いて、私は次第に普通にごはんを食べたり、夜も眠れるようになってきた。
それでも彼は「元気になってきたね」とは言わなかった。
 
自分でも自分の感情が分からなくて、整理できていなくて言葉にするのが難しかったし、何も言いたくなかった。何かを言えばぐちゃぐちゃな感情が溢れて、自分が保てなくなってしまう気がしていた。実際になにか言おうとすると喉の奥がつかえて言葉がでてこない。もし元気になりつつあることを言葉にして認識させられていたら、後ろめたい気持ちになってまた逆戻りしていたのではないかと思う。
 
彼は、何があったかは聞かないし、泣いてもいいよ、とも、泣かないで、とも言わなかった。
ただ黙ってそこに居て、私が戻れる場所を用意してくれていた。
私に必要だったのは、感情を受け止め、整理することだったが、それが出来る状態になかったのだ。
彼は静かに、私の回復を待っていてくれた。
 
 
もし、私だったら。
何かあった? と聞いてしまうだろう。身近な人が苦しんでいる姿を目の前にして、ただ見守るだけなんて辛すぎる。
どういう状況なのか詳しく知りたいし、何か出来ることはないか探したいし、元気になるような言葉をかけたいと思ってしまう。なんだったら「何か良いこと」を言えないか、考えてしまうと思う。
 
でもそれらは自分視点だ。
私がこうしたい、私がこう思われたい、という押し付けに過ぎない。
 
 
むかし、同じ光景を目にしたことがある。
母だ。母は、たびたび保護された動物を引き取っていた。
色々な性格の子がいたが、うちの子になった当初、大抵はケージの中でぷるぷると震えていた。
体に触れられることも嫌がるし、目を合わせることすら難しい子もいた。
 
母はそんな彼らのお布団を整えてごはんを置き、ケージの上に布を被せて、人間の視線から逃げられるように環境を整えた。いつでもごはんを食べられるように定期的に入れ替えていた。私は可愛い子犬や子猫がごはんを食べる姿を見たくてケージを覗き込もうとしたが、母はいつもそれらの行動を制止した。彼らからこちらに寄ってくるまでは、干渉は禁止されていた。
 
ここには、あなたを攻撃する人は誰もない。安心してごはんを食べて、眠って良いんだよ、というメッセージを行動で示し続けたのだ。
 
そのうちケージから出てごはんを食べられるようになり、いつしか私の背中を背もたれにして毛づくろいをしたり、朝起きてこない私のお腹の上に乗って、散歩に連れていくように指示してくるまでになった。
 
 
見守るって「見て」「守る」こと。
 
相手の状況を静かに見つめる。
相手が自分の力で立ち上がる機会を守る。
その背景には、相手にはその力があると信じているからこそできること。
 
相手の自由と自己決定を、優先できることの強さを知った。
 
彼も母も強い人だ。強くて、優しくて、温かい。
私も見守ることのできる大人になりたい。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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