紫陽花が導いてくれた願い
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記事:鈴木 洋子(ライティング・ゼミ4月コース)
「お札もよければいかがですか?」
そのお札に書かれた言葉に、ここに来た意味が刻まれていた。
5月半ば、今年もこの季節がやってきた。
通勤途中の街路樹、紫陽花が色づき始めた。
毎日、駅から職場まで歩いて10分の道中。街路樹は春になると、花のリレーが始まる。梅、桜、ツツジ、そして紫陽花。爽やかな朝の風とともに、季節の変化を感じることができる。
雨が数日続き、梅雨入りが発表された。
梅雨。ジメジメして、通勤時、服がベタベタに濡れて、朝から気が滅入ってしまう。
その沈んだ気持ちに癒しを与えてくれるのが、紫陽花である。
紫陽花は雨が似合う。雨に濡れて発色が際立つのも素敵である。
梅雨の時期は苦手だが、紫陽花が見られるのはうれしい。
私の住んでいる愛知県内にもいくつか紫陽花の名所がある。
通勤電車の中で「あじさい祭り」のポスターを見つけると、今年も紫陽花の季節がやってきたなと思う。
30代前半に仕事を辞め、将来を模索しながら転職活動をしていたころ、ふと、電車の中で、色鮮やかな紫陽花が一面に咲いているポスターに心を奪われた。それは、蒲郡市の「形原温泉あじさい祭り」のポスターだった。
我が家の庭にも紫陽花が3株植わっているが、このポスターのように一面に広がる紫陽花をこの目で見たくなった。
次の週、電車とバスを乗り継ぎ、その「あじさい祭り」に出かけた。
バスでゆるやかな斜面をのぼっていくと、「あじさいの里」という看板が見えてきた。
バスを降り、入り口から数歩進む。両端の植木が途切れ、視界が開けた。
そこには、山の斜面一面に紫陽花が咲き誇っていた。雨上がりで水滴が反射し、まるで宝石のように、色とりどりの花が光り輝いていた。
紫陽花の美しさを知り、その後、毎年5月から6月に、主に東海3県の紫陽花の名所を調べて行くようになった。
今年は、江南市にある「音楽寺(おんがくじ)」に友人と出掛けることにした。毎年候補には挙がるのだが、友人との予定が合う日と、あじさいまつりの開催期間がちょうど合うのがこの音楽寺だった。
お寺の解説文などを読みながら、境内に咲いている様々な品種の紫陽花を鑑賞した。赤、青、紫、白、緑。土の成分によって色が変化するという不思議さ、小さい花、ガクが寄り集まって大きな花に見えるところにも魅力を感じる。
6月の最終土曜日、今年は5月、6月と暑い日が何日か続いたためか、紫陽花の見頃は終わりがけだったが、今年も一面の紫陽花を愛でることができた。
音楽寺には3つのお堂があり、順路に沿って紫陽花を見ながら、お堂にも参拝をした。
2つ目のお堂の横に、「十一面千手千眼観世音菩薩」という立札があった。ガラス戸越しにお堂の中を見てみると、3mぐらい離れたお堂の奥に、おそらく30㎝ぐらいの高さの観世音菩薩が鎮座されていた。遠くて、「十一面」「千手」「千眼」の様子が肉眼では確認できなかったが、とりあえずお賽銭を入れ、手を合わせた。
順路の最後に本堂があり、本堂にもお参りをした。
本堂の脇に御朱印授与所があった。私は御朱印を集めていて、今回も御朱印をいただくことにした。住職さんが御朱印に日付を書いてくださるのを待っている間に、御朱印の見本の隣にあったお札に目がとまった。
そのお札の中央には「十一面千手千眼観世音菩薩」と書いてあった。
住職さんに、
「あのお堂の小さい菩薩に11個の顔があるんですか?」
と尋ねると、
「そうですよ」
とのことだった。
「このお札もよければいかがですか?」
と勧められた。
どうしようかと迷いながら、お札の周囲に書かれた言葉をよく見ると、祈願の言葉が4つ書かれていた。その1つに「眼病平愈」という言葉があった。
その言葉を見た瞬間、
「このお札をください」
という言葉が口から自然に出てきた。
2ヵ月前、恩師と食事をする機会があった。久しぶりに会うと、彼女の目が赤くなっていた。3日間ぐらい目の赤さが続いたため病院に行くと、白内障と診断されたとのことだった。
白内障は50歳以上になると発症しやすく、治療方法としては、点眼薬で進行を抑えるか、手術をするか、と医師から言われたそうである。彼女は考えた末、手術はせず、点眼薬のみの治療にすると決断したとのことだった。
目を手術した場合、万が一、合併症が発症するなどのリスクを考えると、点眼薬での治療の方が、彼女の体にも、気持ちにも、負担がないのかもしれない。
失明には至らない病気とのことだが、目がかすんだり、まぶしく見えたりする症状があるそうで、本当に手術をしなくてもいいのかと心配だった。
今回、紫陽花の名所の中から、このお寺を選んで来たのは、恩師の目の病気に対する不安、心配事を和らげてくれる菩薩、お札との出会いにつながっていた。
日本には神社仏閣、それぞれに神様、仏様がいて、ご利益の種類に合わせて心配事、願い事に寄り添ってくれる。
何か心配事や願い事があるとき、それに合わせた神社仏閣を事前に調べていくという方法もある。何か人間の力ではどうにもできないことも、手を合わせることで、気持ちが穏やかになる。
古代から、何百年、何千年と私たちを見守ってくれている神様や仏様。神様や仏様に守られ、またそれを守ってきた地域の方たちがいる。神仏習合、八百万の神。時代による変遷はあるものの、特定の宗教感が比較的強くない日本独自の文化だからこそ、全国各地を訪れるおもしろさがある。
花に導かれて訪れるお寺や神社。その由来、ご利益の種類を見てみると、きっと不思議とその時々の心境に寄り添った言葉とのご縁があるかもしれない。
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