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仲間に入れてもらうのは僕が死んだ時


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北本 亮太 ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「じいちゃんが危ない。早く帰ってきて」
母から電話がきました。私が大学4年生の秋のことです。慌てて電車に飛び乗り、当時住んでいた大阪から実家のある石川県へ。しかしすでに時遅しでした。
私が初孫ということもあり、祖父は私をとても可愛がってくれました。プロ野球の試合のほか、近くの競艇場など、いろいろなところへ連れて行ってくれたことを思い出します。
その影響からか、野球は大好きになり、二十歳を超えてからは競艇もかじるように。今なら家族の中で一番話が合いそうなのが祖父なのに……。数年前から寝たきりの状態が続いていた祖父。結局、競艇の話はできぬまま、天国に旅立ってしまいました。
 
「じいちゃん、今までありがとう。もっといろんな話、したかったよ」。手を合わせると自然と涙が出てきました。
 
喪主の父に葬儀の段取りを聞くと家族葬にするとのことでした。それを聞いた私は父に相談しました。「家族葬でいいけども、じいちゃんのお世話になった人、呼びたいんだけど」と。父は「ええけど、あてはあるん?」と言います。私にはどうしても祖父の別れに来てほしい人がいました。それは祖父の友人だったミチガミさんです。
 
ミチガミさんと祖父の出会いは私がプレーしていた少年野球でのこと。祖父が隣にいた年齢が近そうなミチガミさんに「あんたの孫はどこでプレーしているんや?」と尋ねたところ、「実は息子がレフトにいるんだ」と返ってきて「ええ! 息子!?」と祖父が驚いたことがきっかけで交流が始まりました。祖父の予想通り年もほぼ一緒で意気投合。そこから遊びに誘うようになり、競艇や旅行など、いろいろなところへミチガミさんを連れて行っていると聞いていました。祖父も年の近い仲間が増えたので、楽しいのか毎日ニコニコ笑っていたのを思い出します。ミチガミさんの息子さんと私は2学年離れているので、そこまで関わりがなかったのですが、「2人とも仲がいいんだな」と感じていました。
 
なんで呼ぼうと思ったのかはわかりませんが、気付いた時はミチガミさんの名前を出していました。なぜか呼ばなければならない使命も感じたのです。しかし、私はミチガミさんの家の場所も知りません。翌朝、古い電話帳を使ってなんとか住所を割り出し、家を訪れました。顔は分かっていても、話すのは数年ぶりですので、とても緊張します。呼び鈴を鳴らし、出てきた顔は昔のままで少し安心しました。
 
「あの……。すみません。ミチガミさんですか? 北本の孫の亮太と言います」
突然の訪問客に戸惑っていたミチガミさんもその一言で「ああ!」と懐かしそうな表情を見せた後、「どうしたの?」と尋ねてきます。
 
「実は……祖父が亡くなりました」
 
私の言葉を聞いたミチガミさんは真顔になり、下を見て「北本さん……」と呟いてから、大声で泣き始めました。そして思い出をポツポツと語ってくれました。人付き合いが苦手で友達がいなかったというミチガミさん。そんなときに出会った祖父が仲間に入れてくれて、いろいろな経験をでき、とても楽しい思いをしたこと。祖父が体調を崩して入院した時、お見舞いに行ったらなぜか競艇場に連れて行かされたこと。入院が長期化してからは会うことができず、寂しい思いをしていたこと……。私が黙って聞いているとミチガミさんが口を開きました。
 
「葬儀はいつや?」
「家族葬なのですが、今日がお通夜で、明日が葬式です。ミチガミさんには来てほしくて」
「わかった。行く。教えてくれてありがとね」
 
お通夜が始まり、ミチガミさんは約束通りきてくれました。ミチガミさんは祖父の顔を見て泣きながら「北本さん、あんたのおかげで人生が楽しくなった。本当にありがとう。ゆっくり休んで」と合掌し、帰っていきました。翌日の葬式も駆けつけてくれました。帰り際、私が来てくれたことに対する感謝の気持ちを伝えると、ミチガミさんは私の背中を優しくたたき「教えてくれてありがとうね。また今度、喫茶店で北本さんの思い出話でもしようさ」と言ってくれました。涙声のミチガミさんに「はい。必ず。僕も競艇が好きなので、いろいろ聞かせてください」と伝えると、ミチガミさんはうれしそうに笑っていました。
 
ところが1週間後、大阪に帰った私は母から電話でとんでもないことを知らされます。
 
「ミチガミさん、亡くなったよ」
 
思わず言葉を失いました。一週間前は自分で車を運転して葬式に来られるぐらい元気だったのに……。そして最悪のケースを想定しました。私が祖父の死を伝えたことで、ミチガミさんが生きる希望をなくしたのではないか……。ということです。何で教えてしまったんだろう。私は一人の人間の死期を早めてしまったのではないか……。激しい後悔に襲われました。
 
ショックだった私を救ってくれたのはミチガミさんの息子さんでした。葬式を終え、北本家に挨拶に訪れてくれたのです。そして、死因は心筋梗塞だったと教えてくれました。ああ。本当に突然だったんだ……。私は少し心が救われました。息子さんはミチガミさんが祖父の死をとても寂しがっていたといい、「持病もなかったのに1週間後に逝くなんて、本当に偶然でしたね。先に天国に行った北本さんが彼を呼んだのかもしれないです。また仲良く酒でも飲んでいると良いですね」と母に伝え、帰っていったそうです。
 
心が晴れたとはいえ、私としてはもやもやとした気持ちが残りました。ミチガミさんと約束していた祖父の思い出話ができなかったからです。そもそも、二人とも、まだ80歳にもなっていないのに、早すぎるんだ。じいちゃん、家族で競艇好きは僕しかいないんだぞ。もっと教えてくれたってよかったじゃないか。ミチガミさんもそうだ。約束を破って、すぐに逝っちゃうなんてずるい。せっかくなら二人ともっといろいろな話をしたかった……。先に天国に行っちゃって。どうせ野球とか競艇の話に花を咲かせているんだろうなあ……。ずるい! なんだかまた寂しくなってきました。そこで、私は決めました。
 
墓参りで毎年、「僕が死んだら仲間に入れて」と祈ることを。
 
祖父は78歳で亡くなったから、それ以上は生きたいよなあ。今は22歳だからとりあえずは60年後ぐらいと想定しよう。僕が死んだら絶対、仲間に入れてもらうぞ。そして現世でできなかった話をたくさんするんだ。しつこいかな? でも、じいちゃん忘れっぽいから1年おきに言わないと60年後には忘れているだろうから堪忍してな!
 
それから毎年、お盆になると、祖父の好きなアサヒスーパードライとスポーツ新聞、そして競艇場で買ったハズレ舟券の3点セットを供え、墓前で手を合わせます。
 
「じいちゃん、久しぶり。元気だった? 僕も競艇にハマったよ! 全然当たらなかったからじいちゃんに競艇教えてもらいたかったよ! ミチガミさんも元気そうですね!」
「おお! 亮太! お前も競艇ファンになったか! 今から教えてやろう。いいか、競艇というのはそもそも……」
「亮太君、久しぶり。あんたのおじいちゃんは天国でもギャンブラーになっているよ。生前は約束守れなくてすまんかったなあ」
 
そんな会話ができる日を想像しながら。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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