メディアグランプリ

努力が報われなかったときに子ども達に伝えたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
雨は容赦なく降り続いた。
窓を閉めていてもザーッという雨音がする。時折、目の前の景色が白いカーテンでおおわれているように見えなくなる。
 
「12時集合だよね? 今日、開催するのかな?」
 
夫が窓の外を眺めながら難しい顔をして私に聞いてきた。
 
「多分……。まだ何も連絡来てないし……」
 
私も念のためもう一度スマホを見る。いまだに学校からの連絡はなかった。時間は11時をまわったところで、もう出発しないと間に合わない時刻が近づいていた。
 
今日は、子ども達の1年に1度の音楽会の日。学校でも力を入れている行事のひとつで、学校外のホールで開催される。
 
昨日も同じ会場でリハーサルをしてきた娘たちは本番が待ち遠しいようで、朝から自分達の曲を叫ぶように歌い続けている。時々変な拍子をとりながらゲラゲラと笑う彼女たちを見ているだけで微笑ましい。夫も娘たちに敬意を表してスーツに蝶ネクタイをして服装に気合を入れてみせ、子ども達を喜ばせていた。
 
この雨の中を移動することを考えると、気持ち的には中止になってほしいような気もするけれど、ここまで楽しみにしている様子を見ると、やはりやってほしいなと思う。
 
どうか学校からの中止の連絡がありませんように……そう思いながら、私達はタクシーに乗り込んだ。
 
でも、その願いは厚い雨雲に阻まれてしまったようだ。スマホでSNSを眺めていた時に、お知らせが流れてきた。
 
「音楽会の中止」
 
学校が利用しているお知らせアプリから無情にも連絡が来る。みんなが一斉にアクセスしたせいなのか、タイトルは読めるのに詳細が読めない。でも、タイトルだけで残念なことになったことだけは分かった。
 
延期、ではなく、中止、だった。他の行事とのかねあいも考えると、延期は非現実的なんだろうなということは容易に想像がついた。
 
春先から練習が始まり、特にこの数週間は音楽会を中心に授業も組まれていた。頑張ってきたのに自分達の力を発揮することができないまま終わってしまうのだと思うと胸が痛んだ。
 
車の中ではしゃぐ娘たちに、中止を連絡するのはとてもためらわれた。けれども、このまま会場に向かっても仕方がない。
 
「音楽会、中止だって」
 
そう言うと、にぎやかだった車内が一瞬で静かになった。
 
その時の子ども達の顔は一瞬、事態が理解できないという表情で、次第にしおれていくのがわかった。
 
「……あんなに練習したのに……」
 
姉がつぶやく。その低い声にきゅっと胸を掴まれた。
 
「よし、じゃあ、このままお昼ごはんでも食べに行こうか。今からなら好きなところ行けるよ」
 
夫があえて明るく子ども達に声をかけると、彼女たちは現金にもすぐに切り換えてくれた。彼女たちの気が逸れたことに少しホッとした。
 
でも、店でご飯を食べている時に思い出したように4年生の姉が呟いた。
 
「あんなに沢山練習したから、また、音楽会やってくれるよね」
 
私は、一瞬返事を迷って考えた。いつかやってくれるよ、と言って子ども達に誤魔化すのは簡単だけど、中止と書いてあった以上、それは望めない可能性が高い。それをどうやって伝えたらいいのか私は考えをめぐらせた。
 
一緒に雨に怒った方がいいのか、適当にあしらうのがいいのか……その時に、私は、こういう時じゃないと伝えられないことがあるな、と思い、子ども達に向かって話した。
 
「今日ね、ギリギリまで先生たちが音楽会中止のお知らせをできなかったのは、多分、中止になったら、もう開催できないかもしれないから、なんとかできないかって考えに考えたからだと思うの」
 
「え、じゃあ、もう音楽会ないの? あんなに頑張って練習したのに!」
 
姉はちょっと怒ったような口調で私に言う。妹は少し心配そうな顔で私を見ていた。
 
「うん、そうかもしれない。お母さんも2人が歌うところを見れなくてすごく残念だよ。でもね、一生懸命練習を頑張ったことって無駄なのかな? お母さんは、2人とも頑張って練習していたのは知っているから、本番ができなくても、やったことは無駄にならないって思っているよ」
 
2人は顔を見合わせて私の言ったことを少し考えていた。しばらくしてから、
 
「そうだよね、私、頑張ったと思う。ただ、6年生の歌がリハーサルの時に聞けなかったから聞きたかったけど」
 
姉は納得したように私に笑った。
 
「そうか、みんなせっかく練習したから、学校の中で発表する日があったらいいね」
 
そういうと納得したように「うん」と言ってくれた。
 
我ながら機転を利かせて子ども達と話をできるいい機会ができた。この世の中、努力をしたって報われないことはどうしてもある。私の育ってきた時代に比べて、コロナや自然災害などで理不尽にやりたかったことができない経験を子ども達は沢山している。
 
今回みたいな事態に直面した時、私が親としてできることはなんだろう。判断が遅かった学校側を責めることもできるし、せっかくの練習が報われなかったことを嘆くこともできるだろう。でも、その姿を子ども達に見せたいかというとそれはNoだ。
 
努力したこと、やってみたことは、本番ではうまくいかなくてもきっと何かの糧や気づきになる。だから最初からあきらめてやらないのではなくて、とにかくやってみようという気持ちを子ども達には失わないでほしい、そんな風に思ったのだ。
 
そして、それは、彼女たちに言いながら、むしろ自分に言い聞かせたかったのかもしれない。
 
今、努力をすることが無駄だなと最初からあきらめてしまうのではなくて、今やったことが、きっと未来の何かの役に立つはず。
 
努力が報われなかったときに子ども達に伝えたことは思いがけず、私の心にも、響いた。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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