メディアグランプリ

「すみません」って言っとけばいいと思っていた


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記事:小林 遼香(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「あ、ごめん。最初に聞いとけばよかった」
本当は「ごめん」なんて思っていない。この場が穏便に済むから謝っているだけだ。
いつからだろうか、自分のなかで「謝る」という行為の価値が低くなったのは。この頃は、中枢神経を通らず反射的に「すみません」って言ってしまっている気がする。たまに、ふと我に返ったときに「なんでわたし謝ってるんだろう」って思ったりもする。しかし、「すみません」に変わる言葉が見つからないからまた発してしまう。
 
大学生の頃、1カ月だけニュージーランドに滞在したことがある。滞在中は、ホームステイの近くにある保育園でちょっとしたお手伝いをしていた。
いい意味で適当な先生は「あなたが楽しんでくれたらいいのよ」と、言って特に指示もせず子どもと気ままに遊んでいるわたしを見守ってくれていた。
ある日、3歳の女の子、ティファニーが「抱っこ」と言ってきた。言われた通りに抱きかかえると、わたしの力が強すぎたのか大声で泣き出した。
「わ、ごめん、ごめん。痛かったよね」
謝っても全く伝わらない。何なら謝れば謝るほど泣き止まなくなっていた。頭の中はパニックになった。「どうしよう、どうしよう」アタフタしているわたしを見ていたのか、先生が笑いながら近づいてきた。
「はーい、ティファニー。一緒に歌って踊りましょう」
先生は即興でリズムを奏でながら、ティファニーの手を取り、踊りだした。最初はぐずって嫌がっていた子供も先生の陽気なステップに合わせ始めた。いつの間にか泣き声が笑い声に変わっていった。
「魔法だ」
と、思った。相手が子どもとはいえ、謝るという方法以外でその場をおさめることができることに驚いた。しかも、お互いがハッピーになっているのではないか。
「先生、さっきは助けてもらってごめんなさい」
帰り際、先生を捕まえてさっきの1件を謝罪した。
「なーに、あんなのよくあることよ。そんなにきっちりしてたらしんどいでしょ。リラックス、リラックス。いちいち謝らなくていいのよ」
先生は大声で笑いながらわたしの肩を叩きながら去って行った。肩の力が少し抜けた気がした。
 
ニュージーランドに1カ月滞在して気がついたのは、みんながそんなに謝らないということだ。
ハンバーガーショップでお目当てのバーガーが売り切れしていたときも「いまこれは売り切れだから、違うの選んで」と言われた。日本であれば、ほとんどのお店は「申し訳ございません。現在、品切れ中でございます」という回答がくるだろう。ニュージーランドでは、日本ほど「お客様を神様扱い」せず、対等でフレンドリーな対応をしてくる。日がたっていくごとにフレンドリーな対応のほうが「気持ちがいい」と思うようになってきた。
 
「謝られるとこっちが申し訳なくなるよ、あなたは謝りすぎだ。ありがとうでいいんだよ」
謝り癖があるわたしに、ホームステイ先のお母さんが指摘した。
「わたし、謝られた人の気持ちなんて考えたことなかった」
調味料をとってもらうにも「ごめん」、お迎えしてもらうにも「ごめん」と相手がわたしにしてくれた労力に対してすぐ「ごめん」と言っていた。日本に住んでいたら、周囲の人もわたしと同じような発言をしていたから当たり前だと思っていた。
そうか、ニュージーランドの接客対応に心地よさを覚えていたのは、まさに「謝られて申し訳ない」とお客として気負うことがないからなのか。
「この料理作ってくれてありがとう、とてもおいしい」
ホームステイ先のお母さんがあたたかい笑顔を投げかけた。わたしも少し笑顔になって「ありがとうっていいじゃん」と、心の中でつぶやく。
 
「ありがとう。気づかなかった」
わかりやすく影響されて帰国してきたわたしは、あまり「ごめん」という言葉を使わなくなった。
「なんかポジティブになったね」
「ごめんね」を「ありがとう」にしただけだが、周りからの印象が変わった。自分の中でも「謝る」という価値が高まり、本当に心の底から「申し訳ない」と、思うときにしか発しないようにした。
「ごめん、わたしの伝え方もわるかったけど、そうじゃなくて」
「この人は、ごめんって思ってないけどよく使っているな。なんか信じられないな。わたしもそういうふうに思われてたんだな」
「謝る」価値が低い人と出会うと、まるで昔の自分を見ているかのような感覚になる。「すみませんって言っておけばいい」その気持ちは態度で伝わる。「謝る」ことに対しての姿勢によって相手と信頼関係を築けるのか変わってくるのだ。
 
 
 
 
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2023-07-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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