私に足りない『さしすせそ』
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記事:赤羽かなえ(ライティング実践教室)
そんなの、できてるもーん。
先日、とある人の話を聞いた時に、心の中でそう思った。
その方は男性の方で、離婚の経験がある方だった。とても穏やかそうな方なのに、人に歴史ありだな、と思いながら話を聞いていた。彼は、人の良さそうな顔に汗を一杯浮かべて、タオルで拭きながら聞いてきた。
「ほめ言葉の『さしすせそ』って知っていますか?」
私は、聞いたことがあるな、とは思ったけど、正確には分からなかったので、「詳しくは知りません」と答える。
「男性って単純なんです。女性から褒められたい生き物なんですよ。だから、褒めてもらえないと、夫婦関係もギスギスしてしまいます。じゃあ、キャバクラにいくとどうでしょうか? お金は払いますけど、褒めてもらえるんです、ちやほやしてくれるんです。だから、男は高いお金を払ってでも、キャバクラに行きたくなるんです」
その方には、なるほどー、と相槌を打ったものの、私は心の中でそんなに単純なものなのかなあ……と疑っていた。
その『さしすせそ』とは、
『さ』さすが
『し』知らなかった
『す』すごい!
『せ』センス良いですね
『そ』そうなんだ
である。サイトを調べてみると、キャバ嬢必見のコミュニケーション術らしい。
そう言われてみると、我が家では夫と話すときに、これほどまで大げさにではないけど、普通に使っているかもしれない、と思い当たった。
それだけが要因ではないとは思うけど、我が家の夫婦仲はかなりいい方だ。それも、確かに日々の会話のキャッチボールがしっかりとできているからなのかもしれない。
そして今、私はこの言葉をちゃんと受け止めておけばよかったなあ、と後悔しているのだ。
この『さしすせそ』、キャバクラ嬢のコミュニケーション術のように独り歩きしているけれど、誰もが使える基本的なコミュニケーション術なのだ。そう、夫だけでなく、子ども達にも、そして親達にも使えるのである。
もっと早めに思い出せばよかった、と思った時には、既に後の祭りだった。
実は、つい先日、とある電話があった。夜の19時頃で電話口の主は母だった。
私的には、夕飯の準備をしている一番忙しい時間帯なのだけど、彼女は、少し興奮したような明るい口調で、
「ねえねえ、○○っていうお好み焼き屋さん知ってる?」
とお構いなしに聞いてきた。そして、今、テレビでやっているからつけてみろ、という。
多分、全国放送で私が住む広島のことがやっていたから、嬉しかったのだろう、母の気持ちは分かったけれど、私の気持ちは追いつかなかった。
その日、私は、休みの日で子ども達につきあって出かけていた。家に戻って疲れていたから夕方に少し寝てしまった。起き抜けだったのもテンションがイマイチ上がらなかった要因のひとつ。しかも、これから急いで夕飯を作らないといけない時間帯に呑気に電話かけて来て……と気持ちがささくれだった。
その感情そのままに、
「うち、民放見れないから」
と、返事をした。電話の向こうの空気がひんやりしたことに気づいて、しまった、と思ったけれど、既にあとの祭り。
無理矢理テンションをあげてその後は明るく応対してみたけれど、一度冷めた空気をあたためることは、できなかった。
電話を切ってから、あちゃーと思った。
案の定、10分ほどして、母からものすごい勢いで、LINEのメッセージが入り始めた。
「せっかく、知っているかと電話したのに、そっけない返事をされて、今、非常に腹が立っている。私はあなたのことを今までも沢山助けてあげたのに、その態度はなんなの?」
エライ過去のことまで遡って怒りをぶつけてくるので、一層げんなりした。「疲れていたし、忙しい時間帯だったからごめんなさい」と平謝りしても無駄だった。母は勢いあまって、さらに私のことを傷つけるような言葉をどんどん投げつけてきたので、諦めてスマホを閉じた。
私に足りてなかったのは、あの時、彼が教えてくれた『さしすせそ』だ。
これを使っていれば、母は機嫌よく電話を済ますことができたはずだ。私も、疲れていてもそこで終わっていたらその方が得だったはず。
どうしてあの時、ひと呼吸落ち着いて、疲れて忙しいという気持ちを脇に置き、
「知らなかったー、教えてくれてありがとう、お母さん! すごいね!」
と言えなかったんだろう。そこまで言わなくても、
「そうなんだ!」
と言うだけでも、随分と印象が変わっただろうに。
ちょっとしたコミュニケーションをおろそかにすると、お互いがギスギスするだけでなく、その後も尾を引く。無駄に疲弊することになるということを思い知った。
夫には使える『さしすせそ』が、親に対しては使えない。
まだまだ、親には甘えているのかなあ……、と、ただただ反省する夜だった。
***
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