夢職人の言うことには ~夢日記の効果~
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記事:ネナムラ(ライティング・ゼミ4月コース)
車をタラコで塗装する夢を見た。
タラコは私の大好物だ。
だから無駄遣いはせず、1本しかなかったタラコを半分だけ使って塗装した。
車はメタリックな淡いピンク色に仕上がった。
別の日には、近所で有名俳優に遭遇する夢を見た。
生で見ると別人みたいだった。目が赤いからだ。
血走っているのか……? いや、違う。
彼の眼窩には、眼球ではなくプチトマトが埋まっていた。
これらの夢を見たのは、今から数年前のことだ。
当時は、女性ホルモン云々の影響か、寝たり覚めたりを繰り返すことがよくあった。
日中にウトウトと浅い昼寝をすることも珍しくなかった。
そんな眠り方をしていたからか、奇妙な夢をよく見た。
「よく、こんなこと思いつくもんだな!」と思った。
自分の頭から出てきたことなのに、別の誰かが考えているみたいだ。
私はその誰かを「夢職人」と名付け、彼の作品である夢を楽しみに待つようになった。
ちなみに私のイメージでは、夢職人は私より少し年上の中年男性である。長年にわたって夢づくりだけをしている、ストイックな人物だ。
そして、その作品を忘れたくないので、書き留めるようになった。
夢日記の始まりだ。
自分のための日記ではあったけれど、何年もたって忘れた頃に読んで楽しめるようにしたかったから、わりと本気で書いた。
夢の中での自分の心理も、かなり細かく描写した。
そんなふうに夢日記をつけていると、あるとき面白いことに気づいた。
とんでもない設定の夢でも、心理状態が現実とリンクしていることがあるのだ。
ある日の夢では、火事になったビル街から脱出しようと、必死で走っていた。後ろからは炎が追ってくる。
走る速度を上げて炎を引き離して、ホッと一息。また背後から炎に迫られると速度を上げ、引き離すと一息つく。
極度の緊張と若干の緩和を数秒ごとに繰り返す夢だった。
この夢をいつものように書き留めているとき、ふと思った。
そういえば、こういう緊張と緩和って、最近よくピアノをひくときに感じている……。
その頃に通っていたピアノ教室で、私はある曲をなかなかマスターできずにいた。
曲の終盤で、数秒ごとに難しい和音をひかなければいけなかった。
問題の部分にさしかかると、気合いをこめてエイヤと和音をひいてはホッと一息、またエイヤとひいては一息。
そのうちに和音でミスタッチが発生し始め、ついには手が止まってしまうのだ。
火事の夢を見せた夢職人が、まるでこう言っているように感じた。
「あなた、ものすごいテンパって和音をひいてるよね。まるで炎にでも追われてるみたいだよ」と。
たしかに。私、焦りまくって和音をひいてる……。
それ以来、難しい部分をひくときは意識的に緊張を解くよう心がけた。
おかげで少しだけマシに演奏できるようになった。
夢職人は、奇妙な夢づくりだけする人だと思っていたのに。
こんな気づきも与えてくれるとは意外だった。
新たな面白みを見いだし、私はますます夢日記が好きになった。
そしてある日、若い頃から繰り返し見ていたある夢のことも書き起こしてみることにした。
その夢の中で私は、下半身が丸出しのまま外出してしまう。
街や会社に到着してはじめて、そのことに気づく。
周囲の人の視線が気になって仕方がない。
私はずっとこの夢を、人に言えない願望の表れかと思っていた。
でも、そうじゃないと、夢日記を書いているうちに認識した。
「ロングTシャツでうまく隠れてる? いや、見えてる!
誰にも分からないんじゃない? いや、気づくから!」
そんなことをエンドレスで考えながら私が切実に願っているのは、
「私の隠している部分に、どうかみんな気づかないでください」
ということだ。
私は劣等感が強かった。
手際が良くない、空気が読めない、自分に甘い、その他もろもろの短所に悩み、そうした短所を人に気づかれたくないと願っていた。
そんな現実の私と、夢の中で恥部が見えていないことを願っている私が重なる。
夢職人にこう指摘された気がした。
「あなた、ずいぶん悲壮になってるね。まるでパンツとスカートを履き忘れて外出しちゃった人みたいだよ」と。
そう言われると……。
私の短所なんて、知られたからって、どうってことはない。
なのに下半身を隠すがごとく、必死になっているなんて……!
なんだか笑えてきて、だいぶ気持ちが楽になった。
劣等感のコントロールは、私が長年抱えていた課題だった。
そこへ切り込んでくるとは。夢職人、なかなかのお手柄であった。
夢日記を書いていたのは1年間くらいだったと思う。
体調が変化して夢をあまり見なくなったので、日記は自然終了してしまった。
短い期間ではあったけれど、なかなか面白い体験だった。
調べてみると、夢の内容を題材に自己理解を深めるという手法は、心理療法でも使われるものらしい。
私は知らずにそれを実践していたようだ。
あなたの夢職人は、どんな夢を見せてくれているだろうか?
夢日記を書いてみると、意外な発見があるかもしれない。
***
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