息子のたった一言で最悪の祭りが最高になった話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:パナ子 (ライティング実践教室)
「ねぇ!! ぼく絶対行きたいんだけど!!」
もうとっくに太陽が本気を出し切っていて、溶けそうに暑い7月の半ば。
7才の長男がとんでもない土産を持って学校から帰宅した。今日、近くの神社でお祭りがあるという。クラスメイトとの会話から初めてそれを知った息子は、絶対に行くんだという意気込みと共に鼻息荒く帰宅した。
君にとって朗報のそれは、母にとっては悲報です。
まだ週が始まったばかりの火曜日の夕方に、ワンオペで君たち兄弟を、激込みになる事もあると噂のお祭りに連れて行くのはかなりの覚悟が必要だ。
「いいでしょ!! ぼく行かないと怒るからね!!」
まだ覚悟が決まらない母の生返事に危機感を覚えた長男が語気強めに主張してくる。
一度言い出したらてこでも動かない頑固な長男を行かない方向で言いくるめるより、ここは心を決めて連れてしまった方が楽かもしれない。母だって君たちに楽しい思い出を作ってあげたいという気持ちはあるんだよ。
半ば渋々覚悟を決めた私は、こういう時の為に密かに隠し持っているアレを降臨させた。
ゴキュッ、ゴキュッ、ゴッキュッ。私は一気にユンケルを飲み干すと兄弟に言った。
「よし……じゃあ行こうか、お祭り」
「やったー!! いこういこう!」
兄弟たちの歓声がなんだか遠くに感じた。
なぜ、こんなにもお祭りに行くことを躊躇しているのか。それは、苦い思い出が頭をよぎるからだ。
昨年の夏、当時6才の長男はたくさんのお友達と行ったお祭りではしゃぎにはしゃぎ、あれこれ飲み食いした後に走り回って興奮し、最終的に派手にマーライオンした。
少し休憩した長男は何事も無かったように元気を取り戻したが、息子の表情がみるみる青ざめていく瞬間の(これはやばい……!)という焦りや、周囲に迷惑をかけてしまったことの申し訳なさから私の疲れは何十倍にもなった。
それに加え、何の前触れもなくパァーッと気持ちの赴くままに飛び出していく4才の次男も一緒だ。果たしてみんなでお行儀よく並び屋台のあれやこれやを楽しむことはできるのか。
あぁ何事もなく祭りが終わりますように!!
私は祈りにも似た感情を抱えながら、ユンケルが少し効き始めたまだ重い体で家を出発したのだった。
現地に着くと想像していた程に激込みでは無かったが、いい感じにお祭りは盛り上がってきていた。神社の境内には所せましと屋台が並び、それぞれにお客さんが列をなしている。
その列を横目に長男の手を取り、その目をしっかりと見て言い聞かせる。
「いい? 楽しくなるのはわかるけど、落ち着いて行動しようね。 わかったね?」
あぁ母の心配は尽きない。
とはいえ、一番行列が長かったのはパリッパリジューシーで肉々しい本格ソーセージ。まずお腹を満たそうと二人にそれを買い、ベンチに座って食べさせる。
「うわぁ、めっちゃくちゃ美味しいよこれ!! お母さんも一口食べてみて!!」
目を見開きながら興奮した面持ちで感想を伝えてくる長男。一口もらって食べてみる。
「本当だ、美味しいね~! これ買って正解だねぇ」
そんな会話をしながら夢中で本格ソーセージにかぶりついている兄弟を見ていると、こちらもなんだかとっても嬉しくなって(あぁユンケル注入してでも連れてきてよかったー!)と顔がほころぶ。
やっぱり、こうやって出向くことでしか出来ない思い出ってあるよねぇ。
その後もスーパーボールすくいだの、ラムネだの、焼き鳥だのお祭りらしいアイテムの数々を手に入れほくほく顔の兄弟。
はしゃぎ過ぎてマーライオンする心配は、今回はなさそうだったが、私にはもう一つの懸念事項があった。それは「いつ帰宅を促すか」問題。お祭りに心奪われている兄弟……特に頑固な長男がそれをすんなり受け入れられるだろうか。
スマホの時計をチェックするともうすぐ18時。じりじりとした焦燥感が確実に押し寄せる。
まだお祭りは盛り上がりの最中であったが、幼児を含めた我が子たちを考えるとそろそろ切り上げて帰宅したい。明日は小学校も幼稚園もあるのだ。
「そろそろ帰る時間だよ」
「えっ!? えっ!? やだよやだよ。ぼくまだゲームもしたいし、綿あめも買いたいのー!!」
案の定、到底受け入れられそうもない長男が地団駄を踏んで抵抗する。
やっぱりそうなるよなぁ……。まだ空は明るく屋台も人が並んでいる。この中を帰るのはきっと長男にとって後ろ髪が引かれまくる思いなのだ。私は小さくため息をつく。
一瞬、綿あめだけでも……と思い屋台を見るが長蛇の列。あぁこれはダメだと諦める。
「明日学校でしょ? 今から帰ってお風呂入ったりハミガキしたり……絵本も読みたいでしょ? そうなるともう帰らないと寝る時間が遅くなっちゃうんだよ。 わかるでしょ?」
長男に事情を優しく説明するがどうしても未練が残る長男が怒っている。かといってこの会場にずっといるわけにもいかない。いつまでも理解しようとせずプリプリしている長男に段々と腹が立ち、私はつい無言になる。
結局なんだか険悪ムードのまま帰宅。
少しずつ薄暗くなってきだした商店街を自転車で駆け抜ける。せっかく風が気持ちいいのに心はどんよりしていた。
あーあ! せっかくリクエストにお応えして連れて来たのに!!
何でこんな気持ちで帰らないといけないんだろう! こんなことになるなら無理して連れてこなければよかったー!!
行きよりも重くなった体を引きずるようにしてなんとか居住階まで上がり、鉛のように重たく感じる玄関ドアを開けて中に入った時だった。
さっきまでぶすくれていた長男が私に向かってはっきりとこう言った。
「お母さん、きょうは連れて行ってくれて、ありがとう」
えっ? えっ? どうしたの? さっきまでプリプリしてたじゃん?
自転車漕いで涼しい夜風に当たったのがよかったの? もう機嫌直ったの??
戸惑いは最高潮だったが、すぐにさわやかな風が私の中を吹き抜けた。
さっきまで重たかった体が嘘みたいに軽くなって私は大袈裟に言った。
「う、うん! お祭り楽しかったね! また行こうね!!」
あぁ私チョロい~、チョロすぎる。でもそんな事はどうでもいい。長男に多少の未練が残ったとしてもお祭りが楽しいと思ってくれればそれでいい。しかも、お礼を言われてなんだかくすぐったくて嬉しくてなんとも言えない喜びがそこにあった。
お礼を言ってもらうために連れて行ったわけではないが母としての達成感でいっぱいだった。
結局いつもこの繰り返しだ。
自分チョロいなぁと思いつつ、子供たちの喜ぶ顔や楽しそうな様子を見ているとつい課金するし、時間も使う。ここがもしホストクラブだったら間違いなく一番高いシャンパンを開けているよ、私は。
子供たちが寝静まった後、私はスマホをポチポチしながら調べものをする。
「夏休み こども 遊び」
さあ次はどこに連れて行こうかな。君たちの喜ぶ顔をみるために母は苦労を買ってでも、この先ずっとチョロい感じになりそうです
***
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