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正しさとは何か ~保険室の先生が異動になった本当の理由~

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:都宮将太(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
私が小学生のとき、保険室に一人、三十代後半と思われる女性の先生がいた。
その先生は皆から好かれていたが、ある日突然いなくなった。
雲一つない快晴で急に大雨が降ってくる。それくらい急なことだった。傘を準備する時間がないように、先生にお別れの言葉を言った生徒は恐らくいないだろう。
「人事異動」という言葉を当時は知らなかったため、何故いなくなったのか、まるで分からなかった。
先生がいなくなり、涙を流す生徒もいた。
私が「人事異動」という言葉を知ったのが二十二歳。社会人一年目だが、異動になった本当の理由を、当時PTA会員をしていた母親から聞かされたのは、二十五歳のときだった。
「正しさとは何か?」
母親の話しを聞いたとき、私はそう思った。
 
 
私が小学三年生のとき、保険室の先生が起こした、「ある出来事」が学校内で大問題になった。
「今の時代だったら、SNSで拡散されていたかもね」
母親は話しながらそう言った。
校長先生を交えて、学校内で緊急会議が行われた。そこに当時PTA会員の母親も出席していた。
「そんなことで仕事中に呼びつけるな」と、当時の母親は半分怒っていたが、予想以上に深刻な会議になったようだ。
いったい、保険室の先生は何をしたのか。
生徒に暴力を振るったのか? 違う。
もしかして不貞等の問題か? 違う。
保険室の先生は、
 
 
『貧困家庭で満足に食事が摂れない子供に対し、保険室で食事を提供していた』
 
 
私は正直、素晴らしいと思った。同時に、何が問題なのか分からなかった。
だが、一人の人間としては素晴らしい行動でも、一教員としての行動としてはダメだったのだろう。
「特定の生徒だけに食事を提供するのは不公平だ」
「衛生上問題があるし、何かあったら責任とれるのか?」
などの声が保護者からあがったらしい。
ちになみ、それらの意見を発した保護者の家庭は、食事に困っていない家庭だった。
 
 
ある日、保険室に一人の生徒が体調不良でやってきた。
病院につれていかずとも、その症状が「栄養不足」と分かるくらい、痩せていそうだ。
話を聞くと、給食は食べれているものの、朝食はなく、夕食もまともに摂れない環境だったそうだ。
私はこの話しを母親から聞いたとき、小学生の頃、三食当たり前に食べ物があり、友達が遊びに来たら母親がお菓子を出してくれる。そんな環境を当たり前に思っていた自分を恥じた。
全然当たり前ではなかったのだ。
 
 
保険室にやってきた生徒に対し、先生は食事を提供した。それもコンビニ弁当ではなく、全て手作りだ。
先生の名誉のためにも言っておくが、その生徒の保護者は了承済みで、アレルギー反応を起こす食べ物も全て把握してからの行動だった。決して無責任な行動ではない。ビタミン不足等も懸念し、栄養バランスも意識していたそうだ。
誕生日にはケーキを。なんていった過剰サービスもない。
先生は、その行動が「ルール違反」と分からなかったのか? そんなはずはないだろう。もしバレたら処罰の対象となることも把握済みだったはずだ。
それでも先生は、その生徒のことを無視できなかったのだ。
聞くところによると、食事の提供を受けた生徒は徐々に元気を取り戻していった。
当時は学校を休みがちだったが出席率も増えたそうだ。保険室に来ることを楽しみ登校していたのだろう。私はそう思った。
保護者も無銭で食事を提供してくれた先生にとても感謝し、直接お礼を言いに来ていた。
だが、その期間も長くは続かない。
その一部始終を目撃した生徒が保護者に悪気なく報告してしまった。
その保護者は今でいう、「モンスターペアレント」だった。
 
 
「学校はこれを容認するんですか?」
「給食以外で食事を提供するなら、全生徒に提供しないと不公平ではないですか?」
その保護者は会議の場でそう発言したらしい。
間違っていないだけに、タチが悪い質問だ。
当然ながら、保険室の先生の行動は問題になった。
一方で、会議の場にいた保護者の中には、保険室の先生の行動を賞賛するものも数名いた。私の母親がその筆頭だった。
私の母親を筆頭に数名のグループが発足し、苦情を言う保護者軍団と対立した。だが、多勢に無勢、学校のルールに違反した先生を守ることはできなかった。
車ではカーナビ通りに行かない方が近道のときもある。
RPGゲームでも攻略本に載っていない方法で勝利できることもある。
しかし、学校でのルール違反は、たとえ賞賛される行為であっても許されないのだろう。
 
 
その会議の数日後、保険室の先生が異動になり、新しい先生がやってきた。
先生が起こした行動を、自慢げに学校に訴えていた保護者は、さぞご満悦だっただろ。
だが、このことがキッカケで新たな問題が生じることを、文句を言った保護者は考えていなかった。
 
 
保険室の先生が異動になって、全てが解決するわけだはない。
食事を提供されていた子供は、当然ながら翌日も保険室に登校するはずだ。
だが、実際にそこにいるのは、いつも食べ物をくれた先生でなはない。
その時、新任の先生がなんと言ったかは分からないが、
「もう食事は出せない」などの言葉を発したはずだ。
それ以降、その生徒がどうなったのか、私はもちろん、母親も知らない。
しかし、いつも通り保険室にやってきた生徒のことを思うと、心が痛んだ。
さらに悪い流れは続く。
新しくやってきた保険室の先生は、わずか数ヶ月でいなくなってしまった。
これが何を意味するか。
私の勝手な推測だが、その生徒は次の日も、その次の日も食事をするために保険室にやってきたのだろう。
そのたびに断り続けるというのは、保護者にクレームを言われたり、上司から叱責されるよりも辛い行動だったと思う。
それに耐え切れなくなったために、自ら異動願いをだしたのか、もしくは退職したのだと思っている。
 
 
「正しさ」とは何なのか? 私はそう思った。
保険室の先生がとった行動が、学校のルールに違反する行為だというのは分かっている。
だが、そのルール違反で救われた家庭があったのも事実だ。
ルール違反を推奨するわけではないが、正しさだけを追求することが必ずしも正解とは限らないと私は思った。
例えば、助手席の奥さんが今にも出産しそうだとする。早く病院に連れていきたい旦那はスピード違反を犯して病院に向かう。その途中で警察にスピード違反で捕まってしまった。
 
 
極端な例えだが、ルール違反を犯すことで、救える命も存在するのだ。
保険室の先生がとった行動は、これに近いものだと私は思っている。
例えルールに違反しても、人を救える人になりたい。
先生のおかげで、そう強く思うことができた。
 
 
 
 
***
 
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2023-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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