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小6男子が涙で教えてくれたこと


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記事:中村 愛(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
結局何も分かっていなかったのかもしれない……
夏休みの温水プールの受付前で号泣するTくんを必死でなだめながら、私は猛省した。
 
Tくんは小学校6年生の男の子。そろそろ、男の子といっていいのか悩ましくなる年齢だが、赤ちゃんの頃から知っている私にとっては、お兄さんになってきていることは分かっていても可愛いTくんのままだ。
 
Tくんは重症心身障害児である。運動機能としては首も座っていない。寝返りは途中まで出来るが、身体に力が入って反り返ってしまう。
発語はない。でも、理解はある程度出来るので、話しかけられると笑ったり、意に沿わない状況では目を閉じて寝たふりをしたり怒った表情を見せたり。機嫌のよい時は発声でも気持ちを伝えてくれる。
 
そんなTくんと私は、彼が0歳7か月の頃に出会った。
私は理学療法士で、心身の発達に心配のあるお子さんが利用する施設で、姿勢や運動発達をサポートする役割を長年担ってきた。
Tくんはそこに、お母さんと一緒に通って来てくれていた。
 
Tくんはプールが大好きだ。2歳の時に初めて一緒に入り、介助方法をお母さんに伝えた。徐々にご家族だけでもプールに行かれるようになり、大事な余暇活動になった。
陸上では重力に対して身体を支えきれなかったり、コントロールが難しかったりするが、水の中では浮力や水流を利用して、一人で姿勢を保つことが出来る。
頭は重くて沈んでしまうので、ネックフローという水に浮く枕をご家族が購入してくれてそれを付けた状態で仰向けに浮く。最初は私が支えるが、プールの中を一緒に動きながら、徐々に自分でバランスをとれるようになってきたタイミングで手を離すと、自分一人で浮けることに気づき、満面の笑みを見せてくれる。
陸上では常に抱っこされたり器具で支えてもらったりしているTくんだが、水の中ではほんの少しの道具を付けるだけで、一人でも浮いていられる、そして手や足を少し動かすだけで水流を利用して移動することも出来る。
まさに水を得た魚のごとく、水の中では常に楽しそうに手足を動かすTくん、あまり長く入っていると冷えてしまうので上がるよう促すのだが、プールの手すりに足を引っかけて出たくないアピールをする位、お気に入りの活動だ。
 
この春、私は長年勤めていた施設を退職した。
Tくんを始め、関わってきたこども達、ご家族とはずっと一緒にいたかったが、いろいろな状況が変わり、このままここで働き続けることは難しい、と何年もかかって決断した。
 
Tくんとお母さんにもお別れは伝えた。
これからも彼らが通う施設を辞める理由を詳しく伝えることは避けた方がいい、という思いもあって、いなくなる事実、その後の体制を簡単に伝えるだけに留めた。Tくん自身には、会えなくなるのは寂しいけど、Tくんの好きなことはちゃんと次の先生に話しておくから大丈夫だよ、と、さらっと伝え、いつも通り彼の好きな活動をして過ごした。
最終日、お母さんがTシャツをプレゼントしてくれた。私がよく着ている色で、お気に入りのキャラクターがプリントされたTシャツだった。お礼を言うと、Tくんが選んだんだよ、候補のTシャツをいろいろ見せたら、このTシャツの時だけ目をしっかり開けて「これ!」と伝えてくれた、と教えてくれた。
感謝を伝え、また必ず会おうね、と約束した。
 
新年度になった。
Tくんについては、前職場の同僚から、落ち着いているけどなんか元気がない感じだよ、と聞いていた。
身体が大きくなって、お母さん一人の介助では難しくなってきていたので、夏休みにはプールに行こうね、とお母さんと約束をしていた。
以前も一緒に行った、Tくんの家に近い温水プールに一緒に行くことになった。
受付前で待っていると、車いすに乗ってTくんがお母さんと一緒にやって来た。
いつもプール活動の日はワクワクを抑えきれず、大興奮でやってくる。この日もそれを期待していた。
 
しかし、数か月ぶりに会ったTくんはなぜか仏頂面であった。
「どうしたの? 今日は大好きなプールだよ」と伝えても、表情は変わらない。
さすがに私を忘れたってことはないだろうな、どうしたのかな? と思いながら、話しかけていた。すると突然、Tくんが大声で泣き始めた。
 
ハッとした。
Tくんは伝えてくれていたのだ。
どこ行ってたんだよ、僕聞いていないよ、と。
最後の日、Tシャツをくれた時ニコニコしていた時は、お別れだと思っていなかったのかもしれない。プレゼントを喜んでいる私を見て、自分が選んだもので喜んでいることを嬉しく思ってくれていたのかもしれない。
私が辞める話はしたし、深く話せる状況でもなかったのは事実だけど、そんなことは大人の都合で、Tくんには関係がないことである。
もっとTくんが理解出来るように、丁寧に話をするべきだった。
私はもうTくんのリハビリをすることは出来なくなるよ、でもずっと応援しているよ、また一緒にプールに行こうね、大好きだよ、と彼が次に施設に来た時に、私がいないことを少なくとも疑問には思わないように、心を尽くして伝えるべきだった。
それが11年も成長を見守らせたもらった私の一番やるべきことだった。伝わらなければ言っていないのと同じことだ。
 
本当にごめんね、と心の底から謝った私を許してくれたかどうかは分からないが、Tくんはその後1時間一緒にプールを楽しんでくれた。
また行こうね、と帰りに声をかけた時、やりきったのか、彼は爆睡していた。
来年、また彼と一緒にプールに行こう。
何年かかっても彼が私を見た時にまた笑ってくれるように、私を信じてもらえるように、彼に伝わる話が出来るように、努力していこうと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2023-08-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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