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あとは死ぬだけ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:カワハラチエコ(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
カメラを買ったのは1年ほど前だった。
 
家族の中には、カメラ好きな人や積極的に写真を撮る人は誰もいなかったから、主に写真を撮るのは私だった。
 
古いデジカメは持っていたけれど、子供の成長の記録として残さなきゃ、という義務感にかられて撮った写真ばかりで、これは取っておきたいな、とあとから思えるような写真は数えるほどしかなかった。
 
そのうちにスマホで撮影する時代になると「とりあえず画角に収まればいいや」という姿勢が顕著になり、見返しても何の感慨も湧かないような画像データが容量を圧迫し始めた。
 
ただの記録じゃない写真が撮りたい。
美しい写真、心に残る写真が撮りたい。
撮れるようになりたい。
いつしかそう思い始めたけれど、思うばかりでなかなか実行に移せなかった。
 
父が90歳を超えて、介護と呼ばれる時期に入ってからは、家族から心配だから遠出はしないでほしいと言われ、旅行をすることもなくなった。
どことなく気鬱な日々のなかで、衝動的にカメラを買った。
ただ何か新しいことが始めたくて、マンツーマンのワンデイ写真講座に行き、その講師のおすすめの機種を買ったのだ。
 
しかし、「カメラを肩にかけて出かける」というただそれだけのことが、私にはなかなかできなかった。
私ごときがわざわざ(スマホでなく)カメラで撮影なんかするのはおこがましい。
 
そんな謎の自意識に囚われて、新品のカメラは死蔵されることとなった。
 
今年の3月に父が亡くなってからも、すぐ目に留まるところに置いてあるそのカメラを、なかなか手に取る気にはなれなかった。
すこしばかり、疲れていたのかもしれない。
しかし、8月に入り、フェイスブックを見ていると、私が色々な講座を主にオンラインで学んでいる「天狼院書店」が主催する「フォト’’旅‘’ワゴン 逗子・葉山編」というイベントがタイムラインに上がってきた。
 
逗子・葉山の、フォトジェニックだけれど車がないと行きづらいスポットを、全行程プロのドライバーさんが運転するワゴン車でめぐってくれる、そしてプロカメラマンの講師が同行してアドバイスもしてくれる、更にはプロのモデルさんが来て撮影させてくれる、という夢のような内容だった。
 
これに行きたい。
何度も何度もタイムラインに上がってくるそのお誘い記事の、青い海と空とまぶしい光を見ながら、私はそう思った。
でも、でも、私は写真のこと何もわからない。こんな初心者が参加したら迷惑だよね。
行きたい。行けない。行きたい。でも無理。
 
そんな逡巡の後、最終的に私に参加の決心をさせたのは、あのカメラだった。
この子に活躍の機会を与えたい。もしこのイベントに申し込まなかったら、私はずっと後悔するだろう、と思った。
 
当日の朝は晴天に恵まれた。
待ち合わせの逗子駅で出会ったのは、4人のカメラ好きな参加者の皆さんと、プロカメラマンの講師のMさん、白いワンピースの可愛らしいモデルさん、そして天狼院スタッフでプロドライバーのIさんだった。
 
初対面の人たちと車に乗って写真を撮りに行く、というシチュエーションに、最初はガチガチに緊張していた私だったが、みなさんと一緒にワゴン車に乗り込んで、逗子の海岸沿いを走っているうちに、異様に気持ちが高揚してくるのを感じた。
 
あ、なんだか楽しい。
 
私は驚いた。
自分が「楽しい」と感じたことに。
大勢で一緒に行動するのも、タクシーや救急車ではない車に乗るのも、海のそばに行くのも、そういえば記憶にないほど久しぶりだった。
 
そうこうしているうちに、最初の撮影スポット、「真名瀬のバス停」に到着した。
路線バスの待合所が白くて可愛い小さな小屋になっており、しかもその背景には広々とした海が広がっている、カメラ好きな人ならきっと涎が出るだろう素敵な場所だった。
 
参加者は2分交代で自由にモデルさんに注文を出して撮影する。
超初心者の私はもとより全部オートモードで撮ると決めていたから、何か調整しなければならないプレッシャーがあるわけでもなかったけど、それでもモデルさんを撮影した経験など一度もなく、とても自分にできるとは思えなかった。
 
そんな私を見かねてか、講師の先生はそばに来てくれて、私のカメラを「あ、オリンパスのPENだ!」と言ってくださり、「大丈夫、オートモードでもきれいに撮れますよ」と保証してくださったので、とても心強く思えた。
 
自分の番が来ると、何も考えられず、夢中でシャッターを切るうちに終わっていた。モデルさんには注文を出すどころではなかったけれど、気を遣っていろいろポーズをとってくださりとてもありがたい。
講師の方からは「まずは光がどう当たっているかを意識するといいですよ」と言われた。
ほかの参加者の方も、初心者の私に優しくいろいろアドバイスしてくれた。
 
その後も、光まばゆい「しおさい小道」、ひまわりの咲き誇る「ソレイユの丘」など、絶景スポットを次々に廻った。
 
久しぶりに感じる自然。
空も風も気持ちよかった。
ワゴン車は丁寧な運転で、何の心配もなく走り続ける。
山道、国道、海岸線。
景色が車窓を流れていく。
 
撮影場所では、ただただ無我夢中でシャッターを押した。
正直、モニターで自分の撮影した画像を見ても、悲しいかな老眼のせいで、ピントが合っているのかどうかもわからない。
だけど、今回の撮影では、写真の出来不出来は気にしないと最初から決めていた。
 
前半の撮影では、通行人の邪魔になっているのではないかとか、別のグループの人を待たせているのじゃないかとか、余計なことが気になって集中できなかった。
けれどもいつしか撮影に没頭して、そんなことは忘れてしまった。
それに、私などが心配しなくても、人の迷惑になりそうなときにはちゃんとスタッフさんが声をかけてくれていることにも気づいた。
 
そして日暮れ時、最後の撮影場所に着いた。
名前は忘れてしまったけれど、人気のないひっそりと静かな海岸で、夕昏から月明りへと移り行く魔法のような時間を過ごした。
ほかの参加者はみな、夜の撮影用に色々とカメラを調整してトライアルを繰り返していた。
オートモードでは限界があり、私は撮影は早々に諦め、ただそこにいることを楽しんだ。
 
砂浜に足をとられる歩きにくさも、時折夜空を切り裂く稲妻の生々しい光も、はかない月明りを頼りにいつまでも構図を工夫するカメラマンのみなさんのチャレンジする姿も。
 
みんなみんな素晴らしく、心震える時間だった。
 
アラカンを迎え、父を見送り、子供は新しい家庭を作り、なんとなく「あとは死ぬだけ」なんて思っていた自分に気づいて、おかしくなった。
 
なぜ、そんなことを考えたんだろう。
私にはまだまだやりたいことがあった。
また、写真を撮りたい。もっともっと、撮り方も勉強したい。
読みたい本も、見たい映画もある。
学びたいこともたくさんある。
今はあまり思いつかないけれど、行きたい場所もきっとたくさんある……はずだ。
 
暗い海岸から、すっかりおなじみになったワゴン車までの道を、私は駆け出したいような気持で歩いて行った。
 
 
 
 
***
 
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2023-09-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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