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軽やかな一歩を踏み出せるかどうかで人生が変わる


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松本萌(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「山いいですね。私も登山してみたいです」
2017年の春、登山の醍醐味を語る知り合いに軽いノリで言った。
まさかその年に初心者が登るには適さない山に行ったり、富士山の頂上に立つことになるとは思ってもいなかった。
 
私は10歳まで兵庫県の西宮に住んでいた。
家のドアを開けると六甲山を目にすることができ、毎日山の存在を身近に感じていた。季節を問わず家族でハイキングをしたり、夏には友人達と山の近くの川で遊んだ。
幼稚園のときのできごとは今でも覚えている。先生達に引率されて六甲山まで行き、さあこれからお昼を食べようとお弁当を広げたときにイノシシが現れたのだ。しかも子連れだった。慌ててみんなで避難した。後ろを振り返ると、母イノシシとウリ坊が私達のお弁当を美味しそうにムシャムシャ食べているのが見えた。
 
その後千葉に引っ越した。
千葉は山らしい山がないことで有名だ。引っ越した当初は住宅と空しかない景色に物足りなさを感じたが、いつしか山のない風景が日常となった。
 
引っ越した後も西宮の景色を目にする機会があった。両親の実家が兵庫にあり、祖父母に会いに行く際は以前住んでいたエリアを通っていたからだ。
兵庫在住歴よりも千葉歴が長くなった頃、親の実家に向かう電車の窓から何気なく六甲山を見たとき、強い哀愁を感じた。「山のある景色に戻りたい」と思った。社会人になり今までの自分を振り返ったり、将来に不安を感じたりと色々悩んでいた時期だからかもしれない。自分のルーツを意識した瞬間だった。
 
将来は山が見えるところに住みたいという思いを抱きながら過ごしていたところ、山登りの醍醐味を語る知り合いに出会った。
そうか、山が気になるなら自分が行けばいいのだ。なぜ今までその考えが浮かばなかったのだろう。「山いいですね。私も登山してみたいです」と言った。「どんな山に行きたいの?」と聞かれ「富士山」と答えた。
 
自分で言いながら後の山登りの師匠となる知り合いが本気にするとは思っていなかったのだが、数日後山登りのお誘いメールが来た。初心者も楽しめる塔ノ岳を目指すコースの詳細が添付されていた。
 
2017年初夏私の登山デビュー日は快晴だった。
初心者コースではあるものの難所があり、足がつりそうになりながら無事登頂した。頂上から見る景色に感動した。
 
景色もさることながら、私は登山者のコミュニケーションに感動した。
擦れちがうとき「こんにちは」と声を掛け合う。山道は幅が狭く追い抜きや擦れちがいが難しい箇所がある。後ろにいる人の方が速いと分かったら「どうぞ」と譲り、譲られた方は「ありがとうございます」と言う。登りと下りでバッティングするときは登りが優先というルールがあり、擦れちがうときに「ありがとうございます」とお礼を伝える。
山頂間近で息も絶え絶えの中、下ってきた人からの「あともう少しだよ。頑張って!」という言葉に救われた。
 
一日に何度「こんにちは」「ありがとうございます」と声をかけてもらっただろう。私は何度見知らぬ人に「こんにちは」「ありがとうございます」と言っただろう。平地にいては経験することのない、あたたかい山の礼儀に感動した。
 
私が楽しんでいることを察知した師匠が第二弾として準備したのが「日帰り雲取山登山」だ。
後々知るのだが、初心者が日帰りで行くコースではない。師匠はどうしても2017年に私を雲取山に連れて行きたかったらしい。というのも雲散山の標高は2017メートル。2017年に2017メートルの山に登る。なかなかできることではない。
 
塔ノ岳と打って変わって雨模様だった。山道を歩いていたら雨が強くなってきた。師匠に「止める?」と聞かれたのだが、雨の登山を知らない私は「大丈夫です」と答えた。
大丈夫ではなかった。雨で体は冷え思ったように動かない。何度も脚が止まり動けなくなる私を師匠は辛抱強く待ってくれた。
息絶え絶え登頂した後、近くにある小屋に向かった。小屋にはびしょ濡れ状態の登山者であふれていたが、新しい避難者が来る度に場所を開けた。皆疲れて無言だったが、小屋の中は譲り合いの精神に溢れていてあたたかい気持ちになった。
 
2017年の山登りの締めくくりとして「富士山に行こう」と師匠に誘われた。
「富士山は登るものではなく見るもの」と聞いたことがあるが、本当だった。緑がなく登り道しかない。8~9合目に差し掛かる頃、周囲から音が消えていることに気がついた。音の無い世界に不安を感じたとき、一匹の蜂がブーンと飛んできた。上昇気流でここまで来てしまったのだろうか。自分以外の生き物がいることの安心感に癒やされた。いつもだったら逃げ惑うのだが、その時は蜂の存在に深く感謝した。
登っているときは曇り空で寒かったが、頂上に着く頃には快晴になりどこまでも続く樹海を見渡すことができた。
 
次の年も師匠が誘ってくれ、山小屋デビューを果たすことができた。
その時に知り合った山ガールと仲良くなり、今では彼女や彼女の仲間と一緒に山に行っている。
 
「山登りをする」と言うと「すごいね。体力作りしてるの?」「危険なこともあるでしょ。大丈夫?」と聞かれる。
確かに目指す山によっては体力がないと難しいし、遭難する危険もある。
ただ万全の準備に重きを置いて機会を逃してしまうのはもったいないし、リスクを気にするあまり挑戦することを避けていては何も始まらない。
 
まずは初めの一歩を踏み出そう。
大きな一歩でなくていい。
私の一歩は「山いいですね。私も登山してみたいです」と軽いノリで言ったことだ。
小さな一歩を踏み出したことで2000~3000メートル級の山に登れるという自信を持つことができ、人を気遣う優しい山の礼儀を知り、生物の温かみを実感することができた。今では出会った初日に山話で盛り上がった人とお付き合いしている。
 
長野出身の知り合いに「山が見える中で育ったの?」と聞いたところ怪訝な顔をされた。「長野で山が見えない場所なんてないよ」
いつまでも山の見える景色に憧れていないで、そろそろ山の見える場所への移住を検討してみようか。
 
 
 
 
***
 
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2023-09-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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