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地上に出ない女性看護師

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記事:吉田哲(ライティング・ゼミ6月コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
2年前、私は26歳の時に精神を病んで、日の当たらない地下の閉鎖病棟に入院した。そこには、風変わりな女性看護師がいた。
 
その病棟は、看護師が泊まり込みで働くという変わったスタイルで運営されていた。多くの看護師は、陰鬱とした空気に耐えられなくなったり、気が狂った患者の面倒に嫌気がさしたりで、すぐに辞めてしまうらしい。私が過ごしたのは2カ月程度だが、その間にも半数の看護師がいなくなった。ところがその女性看護師は、5年前に働き始めてからずっとこの閉鎖病棟で、ろくな休みもなく毎日働いているというのだ。
 
とはいえ、中身はどこにでもいる普通の女性だったように記憶している。些細な冗談でニカっと笑い、私が精神が錯乱して廊下をウロウロしていると「大丈夫ですか?」と心配してくれた。透き通った白い肌や、笑うたびに見える八重歯がかわいくて、喜怒哀楽を失った私に心を取り戻してくれる太陽のような存在だった。私はほとんどの感動を失って閉鎖病棟に入院したにも関わらず、彼女に恋をしていたのかもしれない。
 
閉鎖病棟では、私物はほとんど持ち込みが禁止されているため、スマホをいじることもできなければ本も読むことができない。とにかくやることがないので、日中は談話室にあるテレビを何も考えずにボッーと見ながら過ごすのが日常だった。彼女は時折、私を見つけて話しかけてくれた。
 
「今日の調子はどうですか?」
「んーまぁ普通ですかね」
「ここは何もやることなくて逆に気が滅入っちゃいますよね」
「そんなことないですよ。生きる気が起きなくて、入院したんですから」
「そう……」
「お姉さんこそ、ずっとこの病院に働いていて楽しいですか?」
「患者さんがちょっとずつ生気を取り戻してくれることが生きがいなんです」
「外には出たくないんですか?」
「外に出たら、いろいろと面倒じゃないですか」
 
確かに不思議な人だなと感じて、長年入院している患者に聞いてみると「彼女は元々AV女優なんだ」「彼女には犯罪者の親がいる」といった、根も葉もない憶測が飛び交っていて、ここにいるのも随分と疲れそうだと思った。だが、そんな精神疾患者たちの妄想話も跳ね除けるくらい彼女は気丈に振舞っていて、患者はみな、彼女のことを好きだったに違いない。
 
閉鎖病棟には、私のようなうつ病の他に、重度の薬物依存症であったり、幻覚症を抱えていたり、さまざまな患者いる。消灯時間になると、壁の外から雄叫びが聞こえることも少なくない。それはまるで動物が周りの仲間に危険を知らせているようで。その度に私は、ぶつぶつと言葉にもならない何か話しながら恐怖を紛らわせていた。そんな時は、彼女がやってきて、手を握って「大丈夫ですからね」と寝るまで落ち着かせてくれた。
 
そんな献身的なサポートを受け、少しずつ心を取り戻して、退院が決まった。退院の前日に、天井を見つめながら入院生活を振り返った。ろくな思い出は一つもなかったが、彼女とお別れするのは寂しかった。外に出て一緒に暮らしたいとすら妄想した。そんな中、彼女が病室に来てくれた。
 
「明日で卒業ですね。おめでとう。また人間に戻れますように」
 
そういうと、彼女はいつものように手を握ってくれた。
 
「病棟であったことは全て忘れてくださいね」
 
と不意に口づけをしてきた。何回か舐め合った後に、その流れで首を噛まれた。痛かったが、愛おしくて、そのまま目を瞑って耐えた。そのあとは特に何もなくて、「じゃあまた明日」と病室を後にした。
 
次の日。朝起きて支度をすると、彼女が病室の前に立っていた。「ついてきてください」と言われて、後を追うと大きな出入り口があった。厳重に施錠された鍵を開け、扉を開けると目の前には階段があった。
 
「地獄はここまで。これからは胸を張っていきてください。時には傷つくこともあるし、人を傷つけることもあると思います。どんな生き方をしようとも、私はここであなたを応援していますよ」
 
階段を登った先にはさんさんと太陽が輝いていた。久しぶりの日光に目が眩んだが、それが気持ちよくて。私は、心を取り戻したんだと実感した。
 
感謝の意を込めて彼女に手を振ろうと、振り返って階段の下を覗いた。すると、階段の中腹で、彼女は異様な雰囲気で佇んでいた。瞳が赤く染まっていて、目尻はこめかみまで吊り上がり、八重歯が顎まで伸びている。その顔はまさしく吸血鬼のようだった。それでも手を上げようとすると、彼女の頭頂部が少しだけ蒸発しているように見えた。そして、こちらに目もくれずにそそくさと地下に戻ってしまったのだ。
 
彼女が地上に出ない理由をこの時初めて理解した。そんな絵空事はありえないと思い、彼女は私が精神を病んで作り出した幻なのだと思い込んだ。そもそも、病棟にいたことすら私の妄想なのかもしれない。だが、首元を触ると噛まれた時の歯形は今でも鮮明に残っているのだ。
 
 
 
 
***
 
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2023-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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