「珠洲」という街に恋をした
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:北本 亮太(ライティング・ゼミ6月コース)
「すぅ〜っ。はぁ〜。ん〜〜! 空気がおいしい! 帰ってきたなぁ……」
2023年秋、私は石川県珠洲市を訪れていた。能登半島の最先端に位置し、人口は12,668 人(2023年9月30日現在)と、本州の市で一番人口が少ない都市である。空気が綺麗で里山里海の自然豊かな土地だ。ただ、この街では少子高齢化が進んでいる。人口が減少し続けた結果、鉄道は採算が取れなくなり、18年前に廃止となった。県庁所在地がある金沢からはバスで3時間以上かかり、1日3本しか出ていない。そんな遠い田舎のこの地に訪れる理由。それは私にとって「特別な街」だからである。
社会人1年目の夏。新聞記者をしていた私は、珠洲への赴任を命じられた。同じ石川県出身の私でも珠洲はとても遠い場所というのが第一印象だった。馴染みも全くないし、知り合いもいない。果たしてうまくやっていけるのだろうか……。私は大いなる不安に駆られた。
そんな私を珠洲の人々は温かく受け入れてくれた。蕎麦屋で出会った同い年のY君からは「一緒に野球しようや」と誘われた。それからは仕事の日でも隙間時間に野球を楽しんだ。稲刈りの取材に赴いた際は世話役のKさんから「今晩、小屋の中で飲み会やるから、来いよ」と声を掛けてくれた。それから毎月、小屋での飲み会に参加させてもらった。取材で知り合ったT君とは家を行き来する仲になった。お互いの彼女を連れてダブルデートもした。
それ以外でも行く先々で「これ、持っていかし」と言って、海藻やサザエ、サツマイモ……。いろいろなものをもらった。地元の大きな祭りにも参加させてもらった。毎日、穏やかな日々に平和を感じていた。
そんな珠洲生活も3年目を迎える前に終了することとなった。転勤が告げられた時、とても寂しい気持ちになったことを覚えている。そんな私のために珠洲の人たちは至るところで送別会を開催してくれた。
「能登はやさしや土までも」
古くから能登に伝わる言葉である。能登人間は根幹まで優しさで包まれているという意味である。その言葉の意味を私はしみじみと実感した。
「もう少しいたい。離れたくない」
仕事で赴いた土地で、ここまで思える場所になるとは思っていなかった。
そんな好きな場所だからこそ、離れてからも年に何回か訪れていた。珠洲で親しくなった友人に会い、酒を酌み交わす。それだけで心に安らぎをもたらしてくれる素敵な場所だった。
そんな珠洲の空気が一変したのが2020年の新型コロナウイルスの流行、そして2022年と2023年に立て続けに起きた地震である。
「県外の方、お断り」
SNSでは珠洲の人からそういった投稿が相次いでいた。珠洲は人口が少ない故にコミュニティーが狭いため、コロナウイルスに感染したらすぐに人物が特定されてしまう。目の見えないウイルスを恐れ、外からの来客を拒否していた。私自身、行くのは諦めざるを得なかった。さらに2022年6月には震度6弱、2023年5月には震度6強の地震が珠洲を襲った。ニュースで見る建物の家屋が散乱する映像は見ていて痛々しく、見ていられなかった。私も仕事の都合で北陸から東京に引っ越し、ますます珠洲は遠いところになっていた。
長いコロナ禍も終わり、地震の混乱も落ち着き始めたこのタイミングで、私は珠洲に行くことにした。なぜだか行きたい欲が募っていた。東京の喧騒や人混みに疲れを感じていたのだろうか。無性にあの街へ行きたくなったのだ。そうと決めれば行くしかない。羽田空港から能登空港へ。特別な街との「再会」である。
「おお。早よ乗って行くぞ〜」
T君が空港まで迎えに来てくれた。ダブルデートした時の彼女と結婚し、幸せそうだ(私は別れたが)。隣には私を野球に誘ってくれたY君もいる。懐かしい。だが不思議と全然久々に会った感じがしない。東京からやってきた私を温かく受け入れてくれるのは一体……。見えない包容力に「優しさ」を改めて感じたのである。
能登空港から車で40分、ようやく珠洲に降り立った。4年ぶりの来訪でもあまり変わらない。手始めに足繁く通っていた食事処に赴くと看板娘のお姉さんが元気に店を切り盛りしていた。私の顔を見るなり「おお、久々やね。何食べる?」と微笑みながら声を掛けてくれる。やっぱり変わらない。よそよそしさや冷たさを感じさせない、いつも通りの対応だ。「あんた、待っとったよ」と聞こえてくるような声掛けだ。とても5ヶ月前に地震に襲われた土地とは思えない。
しかしどうして、珠洲の人たちはここまで優しいのだろうか。恐らくだが、人口減少が原因だと聞いたことがある。「珠洲の人たちは『来る者拒まず、去る者追わず』の意識が強い」。在任中、何度か耳にした言葉だ。仕事を求めて都会に出てそのまま帰ってこない……。そんな人たちが過去にたくさんいた。去る者を追っても仕方ない、来た人を精一杯もてなそう—。ある種の諦め精神がこの土地に住む人のマインドを形成させたのではないか—。優しさの裏には悲しい思いも秘めているのだ。それだけに来てくれた人への扱いは手厚いのである。
そんなかんだで滞在2日目の夜、毎月、飲み会に参加していた場所に来た。この日はちょうど飲み会の開催日で会場の小屋にはたくさんの人が集まっていた。5年ぶりの参加で緊張していた私。小屋に入るといつものメンバーが迎えてくれる。ああ。安心する。変わらぬ雰囲気が私を包み込む。酒も進み、私をこの飲み会に誘ってくれたKさんがこう声を掛けた。
「おまん(お前)、東京で稼ぐのも珠洲で稼ぐのも生活費を鑑みたらほぼ同じや。珠洲で暮らせばええがいや(良いじゃん)。何も変わらんぞ」
滞在期間中で一番刺さった一言だった。私だってできるなら珠洲で過ごしたい。でも、それ以上に今はやりたいことがあるのだ。東京で揉まれて物書きとして一人前になる。今はそれが一番やりたいことなのである。だから珠洲では暮らせない。暮らしたいけど、暮らせない。
滞在で改めて感じたことがある。私は「珠洲という街に恋をした」ということだ。好きな人に会いたいが会うと余計好きになる。でも叶わぬ恋……。人間のそんな気持ちと似ているのだ。こじらせ男子な自分が恥ずかしい。でもそれも自分で決めた道だ。
2泊3日の珠洲への旅が終わった。4年ぶりの訪問なのに、代わる代わる声を掛けてくれる人たちとの出会い。「ご飯サービスしてあげるよ」「何か持っていかし(持っていきなさい)」となどといった優しい言葉の数々。それは私の疲れた心に潤いをもたらせてくれるのに十分だった。本来なら地震で疲れた珠洲の人たちを励まさないといけないのに。ますます帰るのが愛おしい。やっぱり私はこの街が好きなのだ。
帰り道、Y君が私を空港まで送ってくれた。これも本来ならバスで行こうとしていたところだ。「送ってやるよ」の一言に甘えさせてもらった。最後まで優しい珠洲らしさである。能登空港に着き、Y君が声を掛けた。
「ほんなら、また」
まるで1週間後、私がまた来るような感じで別れた。そんなところも心を揺さぶる。
珠洲という街は本当に美しい街である。日常の些細なところに魅力がありすぎる故に、住民の皆さんは気付いていないようだが、市外の人を虜にする最高の要素がふんだんにある。
私は珠洲という街が大好きだ。近いうちにきっとまた行くだろう。私の片想いは続いていく。
***
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