死ぬことより恐れていること
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記事:そらいぬ(ライティング・ゼミ10月コース)
乳がんになった。右胸にしこりがあることは前から感じていたし、検診直前には、痛みもあったので、がんだと伝えられてもショックはなかった。手術と化学療法を受ければ、5年後の生存率は80パーセント以上だという。80パーセント以上といわれても、ぴんとこない。統計上の数字であって、当たるも八卦当たらぬも八卦に感じる。
右胸の全摘出手術を受け、今は化学療法を受けている最中だ。あきらかに体力が落ちている。疲れやすくて、これまで通りに動きまわることは難しい。貴重な時間を無駄に消費しているという、焦りが募る。
私は今、65歳だ。60歳を越えたあたりから、残された時間が少ないと強く感じるようになった。自分がそうなるまでは、定年退職した人の悩みは、それまでやってきた仕事以外にやることがないとか、退職後の収入をどうするかといったことだと思っていた。キャリアコンサルタントという仕事柄、「人生100年時代」などと銘打って、定年退職前から退職後の人生設計を立てて準備しましょうと伝えてきた。社会人となって40年だけど、定年退職してからも40年あるんですよ、長いですよね、どう過ごしますか、と話してきた。
だが、確かに平均寿命は延びているが、有名人の訃報を見ると、相変わらず70代から80代での逝去が目につく。例えば75歳で亡くなると仮定すると、私に残された時間はあと10年だ。短い。あと40年あるなどと、ゆっくり構えている場合ではない。残りの10年を悔いなく過ごすには、何をしたらいいのだろう。
こういう場合、これまでの生き方を振り返るのがキャリア思考の定番だ。とにかくここまで私は、真摯かつ必死に生きてきた。夫婦喧嘩の絶えない家庭に育ち、逃げるように結婚した夫は、アスペルガー気質。特定の分野には素晴らしく優秀だが、人の気持ちを理解せず、家庭のことはなにもしない。生まれた子どもにも精神疾患があり、問題行動も多かった。発達障害という概念も浸透していない頃で、周りの理解はほとんどなかった。誤解からのバッシングを浴びながら孤軍奮闘して、現在、子どもはなんとか自分の状態を自分で管理できるようになった。
仕事も色々やってきた。それなりの一定の評価をいただいた。キャリアコンサルタントになってからは、相談者のお役に立てたかもしれないと嬉しく感じる機会もあった。
生きてきた中で、ああすればよかったと後悔することも多いけれど、我ながら、ここまでよくやってきたと思う。しかも、孤軍奮闘と書いたが、乳がんになったと告白したら、多くの人が心配してくれたり、確かな情報をくれたりした。いつの間にか、心優しい人たちに囲まれていた。そういう面では、今、とても幸せだ。
でも、でも、なのだ。私の人生、大変だったけど最終的に幸せだと、ここで終わってしまっても満足かと考えると、違う。何かが足りてないのだ。何? それは「あなたの人生、楽しかった?」と問いかけてみてはっきりした。ああ楽しかった、面白かったという思いが足りないのだ。
これまでは、家族が次々と引き起こす普通では想定できない出来事に、振り回されることの多い人生だった。自分がやりたいこと、楽しむことは後回し。結局やらずに来てしまった。心から、ああ楽しかった、面白かったと思うのは、一体どんな時なんだろう。それを知りたい。おもいっきり感じたい。
死ぬこと自体は、あまり怖くはない。死んだら、辛い時に私を支えてくれた、虹の国へ渡った愛犬に再会できると考えると、楽しみですらある。
死んでしまうことよりも、充実感のないまま人生を終えることの方が、恐ろしい。時間は限られている。あと10年だ。その一部をすでに、闘病で無駄にしている。あれこれ考えずに、すぐに一歩を踏み出さなくては。
まずは、文章を書くことに、今一度全力で取り組んでみよう。実は20代初めに、小説家になりたくて、カルチャースクールに通ったことがある。高名な小説家に掌編を評価されたが、それは誰でも一生で一度だけ書けるといわれる作品だったようで、すぐに挫折した。小説はもう書くつもりはないが、書くことは相変わらず好きだ。今より少し上を、目指してみよう。
あとは、何かアート系のことを、やってみたい。イラストを、人に見てもらえるくらいに描けるようになろう。周りの人に見せて、わぁすごいね、なんていわれてみたい。
それから、苦しい時に力をくれた人には、できるだけ会って、感謝を伝え、そんなこともあったねと笑い合おう。そうだ、笑おう。大きな声を出して、笑おう。
もっとあるかもしれない。楽しそう、面白そうということがあったら、即、やってみよう。ああ楽しかったという思いと感謝を胸にして旅立つために、今すぐ行動を起こそう。死ぬことは怖くない。しかし、楽しまずに死んでは、悔いが残る。
※がんの治療法や、がんの受け取り方は、人それぞれです。この記事は65歳の私個人の話として読んでいただければ幸いです。
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