メディアグランプリ

充電器を貸しただけなのに


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記事:月子(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
以前住んでいた東京の賃貸マンションでのこと。
私はそこに一人で住んでいたが、駅から徒歩7分とアクセスも悪くなく、築年数が浅くきれいな物件だったので、新婚と思われる若いカップルが多く住んでいた。
その頃の私は仕事で出張が多く、平日の半分以上は出張先のホテルで暮らす生活を送っていた。自宅に戻るといつも疲れているので、掃除をするのが億劫になり、常に部屋は散らかりがちだった。当時付き合っていた彼に、部屋が汚いとよく怒られていたことを思い出す。
 
そんなある日のこと、確か金曜日だったと思う。その日はたまたま自宅に早めに帰って来れたので、19時頃に自炊をして夕食をとった。私は、無いと生きていけないくらいお酒が大好きなので、いつもなら晩酌をしてそのまま深夜までダラダラと過ごすのだが、珍しくお酒を飲まずに簡単な食事だけにした。更に、食事のあとどうしても掃除をした方が良いような気がして、珍しく掃除に取り掛かった。テーブルの上に散らばる本や郵便物を片付け、掃除機をかけ、ウェットタイプの掃除シートで床にモップを掛けた。すっきりと掃除が終わって一息ついた20時過ぎ、部屋のインターホンが鳴った。
 
予期せぬインターホンには基本出ないようにしている。インターネット回線の乗り換えだとか新聞の勧誘がほとんどで、断るのが面倒だからだ。マンションはオートロックで、1階の集合玄関と自室の玄関ドアの2箇所にインターホンがあり、カメラで相手の様子もわかる。通常セールスのインターホンが鳴るのは集合玄関からだが、その時鳴ったのは何と玄関ドアの方だ。見慣れない若い女性が立っていた。セールスではなさそうだ。
 
一瞬緊張が走った。しばしば友人を招いて部屋でどんちゃん騒ぎをしているし、窓を開けて大声で歌ったこともあったっけ。きっと騒音で嫌な思いをしていると近隣の部屋の人が怒っているのだろう。いつも不在だから、今日文句を言いに来たに違いない。誠意をもって謝るしかないか……勇気を出してドアを開けた。
 
「すみません、同じフロアの斜め向かいに住んでいる者なのですが、鍵を忘れて部屋に入れなくて。一緒に住んでいる彼氏に連絡を取りたいんですが、スマホの充電が切れてしまったので、充電させてもらえないでしょうか?」
 
驚いた。出川哲郎氏もびっくりの突然の訪問である。手にはスーパーの買い物袋に食料品がいっぱい。お金があるならコンビニで充電器を買えるのではないだろうか? という素朴な疑問が頭に浮かんだが、とても困った様子だったし、怪しい感じはしなかったので部屋に入れることにした。珍しく掃除もしてあるから人を通しても大丈夫だ。
 
私は一人暮らしだが、家でよく飲み会を開くので大きなダイニングテーブルがある。そこに荷物を置いて座ってもらい、充電器を貸した。私はAndroidのスマホだが彼氏がiPhoneなので充電器が複数あり、彼女のスマホにも無事対応できた。
 
「突然なのに、ありがとうございます。集合玄関は別の方の後ろについて通れたので、とりあえず上に上がって来たんです。自分の隣の部屋は留守だったので、こちらに来ました」
 
とても若くて美人な子だった。話し方の感じも良い。適当に相槌を打っていると、聞いてもいないのに次々と身の上話をしてくれた。
前年の国家試験に1点足りず、働きながら浪人していること。沖縄出身で、ご近所付き合いが深い地域に育ったので、あまり躊躇せず我が家のインターホンを鳴らしてみたこと。
私も、いつもなら出張で部屋にいないことが多いので、たまたま在宅で良かったと伝えた。
 
マンションは、2つの棟が真ん中でジョイントしている作りになっており、それぞれベランダが真逆の方向を向いていた。そのため、彼女の住んでいる部屋から見える景色と、私の部屋から見える景色は違う。彼女の部屋のベランダから恐らく見えるであろう景色は、緑豊かな霊園だ。自分から振れる話題が無くて手持ち無沙汰だったこともあり、私は彼女にベランダの景色を見てもらうことにした。
 
「わー! こっちはこんなに綺麗な夜景が見えるんですね!」
 
マンションのすぐ目の前は古くからの商店街で、建設規制があるのか見える範囲に高い建物がない。視界を遮るものが無いので、遠くにある新宿の夜景までがキラキラと見えるのだ。素直に喜んでもらえて私も嬉しかった。
そんなこんなで20分くらいは経っただろうか。充電ができ、彼にも連絡がついたそうで、彼女は私の部屋を後にした。
 
それから3週間くらい後のことだ。休みの土曜日の昼、玄関のインターホンが鳴った。モニターに例の彼女が立っているのが見えた。
 
「先日は本当にありがとうございました。こちら実家から送られてきたもので、先日のお礼です」
 
有り難くも、大きな包みいただいた。中身を開けてみると、オリオンビールの詰め合わせが入っていた。オリオンビールは沖縄のメーカーで、東京ではあまり見かけない。お中元に贈るような立派な箱に、見たことの無い種類のビールがいくつも入っている。充電器を貸しただけなのに、大層なものをいただいてしまった。お酒が好きだという私の話を覚えていて贈ってくれたのだろう。
 
その後、相変わらず出張生活が続いたこともあってか、二度と彼女に会うことはなかったが、オリオンビールを飲むたびに彼女のことを思い出す。無事国家試験に受かって、彼と幸せに暮らしていることを願うばかりだ。
 
 
 
 
***
 
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2023-11-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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