メディアグランプリ

はじめまして、おばあちゃん


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記事:福島有理沙(ライティングゼミ・10月コース)
 
 
「ひさしぶり」
と、私は言ったけど、おばあちゃんから「ひさしぶり」の言葉はなかったね。おばあちゃんは、まるで初めて会ったみたいに私を見てた。
 
高校2年の秋頃だったと思う。車を十分ほど走らせて到着したのは老人ホーム。おばあちゃんに会うのは数年ぶりだった。同じ市内に住んでいながら、部活や勉強と何かに理由をつけて、会うことをしていなかった。母も母で、割と大変なことがあっても事後報告するタイプなので、老人ホームで暮らしていることも、かなりボケてしまったことも、全く知らなかった。
 
「ほら、ありちゃんだよ。3番目の」
母が教えてもピンとこない様子で、おばあちゃんは愛想笑いみたいな笑顔で私を見ていた。脚や腰が悪いとか、もの忘れがあるとか、その程度は予想していたけど、私のこと覚えてないなんて、聞いてない! しばらく会わない間に、おばあちゃんが私を忘れてしまった事実が信じられなくて、悲しくて、でも母に泣く姿は見せたくなくて、泣く一歩手前でなんとか耐えた。小さい頃、私が毎週木曜日に遊びに行ったこと、昔の手遊び歌を教えてくれたこと、編み物を教えてくれたこと、一緒に食べたカレーの味も、宿題にジュースこぼした事も、全部忘れちゃったの?
 
人は新しい記憶ほどすぐ忘れるらしい。私は末っ子だから、記憶が早々に消えてしまったんだろうか。小学4年生頃までは、お母さんが仕事の日と書道教室がある日、おばあちゃんの家で放課後を過ごさせてもらった。おばあちゃんの家はいかにも昭和の造りで、畑がある平屋だった。ボットン便所にちり紙という、同世代でもあまりないノスタルジックな経験もできた。板張りの床を歩く感触や家の匂いをいまだに思い出せる。チラシの裏にお絵描きをしたり、テレビを見たりして大半の時間を過ごしていた。夏や秋には、おじいちゃんが畑仕事をする時、手伝いはせずにミミズを掘り出したり、アリジゴクの観察にハマったこともあった。私があらゆる生き物を恐れず、大学で生物を専攻をしたのも、農業をしてみたくて日本中の農家を訪ねたのも、おばあちゃんの家での経験があったからだ。よくよく考えると、私とおばあちゃんとの関わりが深かったのは6年くらいで、早々に忘れられても仕方がないが、私に対する影響力は絶大だ。
 
 
 
おばあちゃんは編み物がとても上手だった。今でもたまにおばあちゃんが編んだ作品が出てきて、時代を感じさせないデザインに家族みんなで感心する。「編む」「ものを繕う」という技術は、昔なら生活に必須の技として女性はみんなが出来たことなのかもしれないが、今や時間とお金をかけてすることに変わりつつある。私は今、縁あって、台湾で暮らしている。台北は交通量も人も多くて雰囲気が落ち着かないからだろうか、窓の外を見渡しても人工物が多いからだろうか、一人の落ち着いた時間を持ちたくて、よく編み物をしている。おばあちゃんの使っていたかぎ針セットを送ってもらって、使っている。まだおばあちゃんのようには編めないけど、こうやって、編み物に気持ちが向いたこと、編み物から癒しをもらっていること。私の中でおばあちゃんが生きているように感じる。
 
7年前の春、おばあちゃんが亡くなった。実家のある県を離れ、一人暮らしをしていた頃だ。兄弟のなかで一番関わりがあったのは末っ子の私だからと母に言われ、お葬式で手紙を読ませてもらった。遺影の中のおばあちゃんは無邪気にピースサインをしていた。人前では絶対に泣きたくなかったのだが、自分の書いた文章を読んでいるだけなのに、言葉が詰まってなかなか読めなかった。
 
「忘れる」という機能はとても大切だと思う。人はどんなに悲しい経験をした時でも、時間が経てば少しおぼろげになり、一歩ずつ前に進むことができる。「痴呆」で過去のことを忘れてしまうのも、老いによって思い出せない自分を自覚するのが怖いから、自分でショックを和らげているのかもしれない。
 
たまに昔の夢を見る。自分が小学生だった頃の家族の姿とか、卒業以来会っていない中学時代の同級生とか。身体の細胞は完全に入れ替わっているはずなのに、この記憶は一体私のどこにしまわれていたんだろう。
 
おばあちゃんの家は解体され、思い出を感じられるモノは数少なくなってしまったけど、私の身体のどこかに、記憶は仕舞われている。お墓参りにもなかなか行けないけど、編み物をしている時、月が綺麗だった時、おばあちゃんを思い出す。
 
 
 
 
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2023-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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