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思い切ってSOSを発信したらモーゼが海を割った話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
つい先ほどまで(楽勝、楽勝)とのんきに構えていたワンオペ外出を一気に下降させたのは次男4才の言葉だった。
 
「おかあつぁん、おちっこ、もれそう」
舌足らずながらハッキリとその尿意をこちらに伝えてきた時、私は心の中で
(詰んだーーーーーーー!!)と叫んだのだった。
 
仕事が多忙な夫に合わせる形で生活している我が家にとって「連休」の文字はなく、私が一人で兄弟を遊びに連れていくことも多い。
行き場所について頭を悩ませる事も多いのだが、今回ばかりは秘策があった。
自動車教習所で開催される祭りである。
 
手に入れたチラシによると目玉はなんといっても緊急車両の展示で、パトカー、消防車、自衛隊……それに加えて高所作業車などもある。しかも中に乗り込むことも可能とあって小さい子供たちにとっては夢のような時間になること間違いなし、と踏んだのである。
 
さらには近くの中学高校の吹奏楽部の演奏や、バルーンアート、ミニカー競争、ゲームコーナー、さまざまな種類の屋台が並ぶとあって大人の私も大変楽しみなイベントになりそうだった。
 
会場に着くともう既にたくさんのお客さんで賑わっていた。
子供に手を引かれ半ば走りながら緊急車両のコーナーに行くとそこは長蛇の列。こういう時は熱意のままに動いてはいけないのがワンオペ外出の鉄則である。
今にも列に並ぼうとしている兄弟に声をかける。
「これね、随分待つことになるからね。先にお手洗いに行っとこう」
 
ワンオペ外出していて困る一つにトイレ問題がある。
大人が二人いれば、子供のうち片方が尿意を示しても一旦別行動を取ることも可能だ。しかし、大人が一人きりの場合、それまで進めていた何かを諦めねばならない事も出てくるということだ。
 
だから、ワンオペで外出する際は、子供たちの尿意が発動する前にこちらからお手洗いの時間を取る。そう、まるで幼稚園の時間割のようにきっちりやるのである。
 
お手洗いを先に済ませスッキリした親子3人は、心置きなくパトカー試乗の最後尾に並ぶ。いよいよ我が家の番がやってきた。
マイクに向かって「しょこのくるま、とまりなつぁい」と言った4才と、生まれて初めてパトカーのサイレンを鳴らした7才は大層ご満悦の表情でパトカーから降りてきた。
二人の顔を見て思うは「連れてきてよかった」ということだけである。
 
他にも消防士のコスプレをした兄弟に萌えたり、美味しい屋台の品々を味わったりして時は過ぎた。
 
帰宅する時刻が近づいた時、私は兄弟に言った。
「そろそろ時間だから、あともう1個だけ好きな事して帰ろう」
 
二人がゲームコーナーを吟味したあと最終的に決めたのは、その中でも一番教習所っぽい「自転車を安全に乗る」というゲームだった。本物の自転車にまたがり前方の画面に出てくる障害物を避けながら安全にゴールを目指すのである。
特に7才は3Dのような画面に釘付けで、自分の番を楽しみに待っていた。
 
その時である。4才が尿意を表明したのは。
「おかあつぁん、おちっこ、もれそう」
 
詰んだ瞬間悟ったのは、4才の尿意ほどあてにならないものはないということだった。これから並ぶのを見越してつい先ほどお手洗いを済ませたばかりなのだ。
あぁさっきの放尿で、4才はまだ本気を出してなかったのかもしれない……。
 
この時点で私の頭のなかは超高速回転が始まっていた。
7才は心配性なうえに怖がりときているから、一人この場に残しておくことはできない。
 
では、4才の尿意を優先にして、7才を諦めさせればどうなるか。良くも悪くも根気のある男だ。ゲームへの熱意とそれを諦めた現実を受け入れられずきっと孫の代まで言い続けるだろう。
「ぼく! あのゲーム! 楽しみにしてたのに!!!!!」
地団駄を踏んで抗議する7才が容易に想像できた。
 
かといって4才の尿意を我慢させることは可能なのか。
このゲームのためにもう既に15分ほどは待っている。となれば、順番がくるまであと10分以上は待つと予想がつく。
そんなの、もう絶対、漏れるに決まっとるやないか!!
 
詰んだ……と落胆した次の瞬間、私はある賭けを思いついた。
7才の前に並んでいる小学生女子とそのお母さん。もしかしたら、このお母さんが我が家の救世主になってくれはしないか。それは非常識で身勝手なお願いになりはしないか。まだ頭はグルグルしていたが私は思い切って声を掛けた。
 
「すみません! あのっ!!」
お母さんが少し驚いたような顔で振り向く。
ゲームを楽しみに待っている心配性な7才とおしっこが漏れそうな4才がいることを説明すると、そのお母さんは(みなまで言うな)との貫禄を見せ
「あぁ! 大丈夫ですよ! お手洗い行ってきてください。(7才と)一緒に待ってますから」と力強く言ってくれた。
 
あぁ神よ! 同士よ! 名前も知らぬママさんよ!!
 
私は赤べこのように首を何度もへこへこさせながら「ありがとうございます、ありがとうございます」とお礼を述べつつ4才の手を握りお手洗いにダッシュした。
そのときの光景ったらまるでモーゼが海を割ってくれたのかと思う程だった。いや実際はただの人ごみをすり抜けてトイレに行っただけなのだが、味方が現れてくれたことにより私の心は一気に軽くなったのだ。
 
見知らぬママさんに助けられたことにより、私たち親子の楽しい冒険は無事に終わりを迎えたのだった。
 
心地よい疲れに身を任せながら帰りの電車で思ったのは、SOSって発信しないと周りには到底気づいてもらえないよな、ということだ。日本人の謙虚で控えめな所は美徳ともされているが、それがかえって人との距離を開けてしまうことはないだろうか。
 
誰かの役に立ちたい、何か手助けがしたいと思う自分は存在するのに、自分が何かをお願いする立場にまわると(迷惑じゃないかな、非常識じゃないかな)という心配が頭をよぎる。
でも今回思い切って頼んだ時のママさんの表情は明るかったし嫌な素振りは全くなかった。だから心の底から安堵できたし、また逆の立場になった時は自分も(どんとこい!)という気持ちで誰かを助けたいと強く思わせたのだ。
 
これからSOSはもっと気軽に発信していきたいし、困っていそうな人がいたら躊躇せずに声を掛けたい。
「何かお手伝いできることはありませんか?」
 
 
 
 
***
 
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2023-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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