メディアグランプリ

ミシュランちゃんぽんを食べに行って、なぜか看護助手をすることになった話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
きっかけは上司の一言だった。
「佐世保駅にミシュランガイドに載ったちゃんぽん屋があるの、知ってる?」
「え、マジですか!? 行きたいです!」
 
思い立ったら即行動の私は、翌週に有給休暇を取り意気揚々と佐世保に向かった。
特急電車で約1時間45分。降り立った駅は30年前に住んでいた時と様変わりしていた。
駅裏側の港は整備され、新しい施設やフォトスポットができている。
ちゃんぽん屋の開店まで30分以上あったため、港を眺めながらひと休みすることにした。
汗ばむほどの陽気と、キラキラと水面が輝く海は美しい。両手を広げ、すぅーっと深呼吸すると、潮の香りが鼻孔をくすぐる。
 
ざわざわと人の声がして港の左側を見ると、豪華客船が接岸しているのが目に入った。
目を見張るばかりの大きさだった。
それは「ノルウェージャンジュエル」というクルーズ客船で、全長294メートル、総トン数93,502トン、旅客定員は最大2,376名だという。
下船してきた人々は老若男女、国籍も様々でいろんな言語が飛び交っている。皆、佐世保の街を珍しそうに歩いていく。
ふと、その一角に人だかりができているのに気づいた。
急いで近寄ってみると、2組の高齢ご夫婦のうち、一人の男性が倒れていた。
しかも、左腕と左膝から大量の血が流れているではないか。
「助けなくちゃ!」と頭では思うものの、看護師でもない私はどうしたらいいかわからない。
近くに港湾局職員がいないか、探していたその時……
「まぁ、大変! 急いで手当しなくちゃ!」
と、私と同年代のご夫婦が声をかけてきた。
「ああ、結構出血してる。傷も大きそうね。とりあえず応急処置が必要だわ」
「あの……」と聞く私に
「私、現役の看護師です。近くのドラッグストアで必要なものを買ってきます!」
と、キビキビと男性をベンチに座らせ、足早にその場を離れていった。
近くのドラッグストアといえ、慣れない商業施設の中で探すのは一苦労だろう。
その場にいたご主人に私は言った。
「私はご夫婦と待機していますから、奥様と一緒に行かれてください!」
こうして、高齢夫婦と一緒にその場に留まることにした。
 
怪我をした男性は、半袖・ショートパンツという服装だった。下船して歩いていたら、港のブロックの段差で転倒してしまったらしい。
奥さんは心配そうにご主人と私を交互に見つめている。オーストラリアから来たというご夫婦に、私はカタコトの英語で
「今、私の友人が薬を買いに行っている。だからもう少し待ってほしい」
と伝えた。友人かどうかなんて、この際どうでもよかった。とにかく安心させたかったのだ。
「あなたの予定は大丈夫?」
「気にしないで。休みで一人旅に来ただけだから」
「ごめんなさいね……」と申し訳なさそうだ。
 
すると、港湾局職員の方々が救急箱を持ってやって来た。
「よかった! 手当が必要なんです、早く!」そう焦る私に、職員が冷静に答えた。
「外国の方に我々が直接手当をすることは、法律上できないことになっているんです」
なんですって!? こんなに血を流して痛がっているのに!?
「怪我をしたご本人や、日本で看護師や医師など国家資格がある方のみ、処置することができます。この方にその旨を伝えてください」
と言うではないか。私は急いでグーグル翻訳アプリを使い、ご夫婦に伝えた。
二人が少し落胆している表情が見ていて苦しかった。
「そういうわけで、彼女が戻ってくるのを待つしかないんです」
「OK、わかったよ」
痛みを堪えながらも男性は笑顔で応じてくれた。我慢強いな、と思った。
 
それから約10分後、彼女が戻ってきた。
両手に持ったビニール袋は、遠目で見てもパンパンなのがわかるほどだ。
「お待たせ! 本当に最小限しかできないけれど……」
と言いながら、ビニール袋から応急処置の道具を次々と出す。
ビニール手袋、ミネラルウォーター、マキロン、絆創膏、ガーゼ、包帯、ネット類等々。
「転倒されている時は感染症が一番心配なの。だから、しっかり水で洗い流すのが大事なのよ」そう話しながら、手は一瞬も止まることはない。
「何かできることはありますか?」私とご主人はアルコール消毒をして、指示を待った。
「じゃあ、このガーゼと絆創膏を袋から一枚ずつ出して。できるだけ直接触らないで」
「はい!」焦りで手が震え、彼女のようにテキパキと袋を開けることすらできない。
「ああ、思ったより傷が深いね。消毒液が沁みるよって伝えて」
またもやグーグル翻訳の出番だ。
「OK、OK!」心の準備はできているようだ。
「はい、沁みるよ。準備はいい? ワン・ツー・スリー。アウチ! あら、大丈夫そうね」
応急処置の間、ユーモラスに患者を落ち着かせようとする彼女の姿は、天使のようだった。
私は驚きと尊敬の念しかなかった。看護師さんって、すごい。
絆創膏を貼り、包帯とネットをつけて応急処置は終わった。
ご夫婦は、何度も何度も彼女にお礼を言っていた。
彼女は「いいのよ。旅にはハプニングがつきものなんだから」と笑っている。
私は「せめてお名前だけでも……」と聞いたが、ご夫婦は言った。
「名乗るほどの者ではありません。通りすがりの旅の者ですから……」
やられた! と思った。かっこよすぎるじゃないか。
 
ホッとしながら時計を見ると、開店時間をもう45分も過ぎている。
急いでお店へ向かうと行列はできていたものの、なんとかありつけた。
人助けを手伝った後に食べたミシュランちゃんぽんは、今まで食べたどこのちゃんぽんよりも、優しくて、心にじんわり沁みる味だった。
 
 
 
 
***
 
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2023-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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