メディアグランプリ

火災報知器狂騒曲

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤羽かなえ(ライティング実践教室)
 
 
「火事です、火事です」
 
夕飯が終わり、そろそろ寝ようかという静かな空気は、20時半すぎにけたたましい警報音で無残にも壊れた。火災報知器だ! 私の心臓のボルテージをあげるのに十分な威力を持っていた。
 
マンションだと火災報知器は、自分の家だけ鳴るものではないのだ。廊下の方から、まるで輪唱するかのように近づいてきて、何だろう? と思ってしばらくしてから家の中でも鳴りだす。
 
「火事だってどうしよう!」
 
家族が焦っているのがわかった。でも下手に動くのは危ないかもしれない。私はまず、ベランダに出てみた。身を乗り出しながら、14階建てのマンションの異変を目視しようとくまなく首を巡らせる。上を見ても下を見ても特に変化はなかった。
 
下をのぞいてみると、既に室内から外に逃げた人達が固まっているのが見えた。私はそちらの方にむかって、「火、出てる?」と聞いてみた。
 
下にいる人たちは、大きな手で×を作っている。どうやら、こちら側からは見当たらないようだ。
 
それを確認してから、室内でまだ不安そうな顔をしている子ども達に、「とりあえず外に出てみようか、あたたかくしてからね」と言った。
 
外に出るとエレベーターが止まっている。それだけで子ども達が焦って騒ぐ。
 
「火災報知器が鳴ると安全のためにエレベーターが止まるんよ、階段で降りようね」
 
そう伝えて、廊下を先導する。階段の上から降りてくる人達もいるし、子ども達はソワソワしているのが伝わってきた。状況はわからないけど、私は焦らないように自分自身に言い聞かせて、慎重に降りるように声をかける。
 
下までいくと、先程、×をしてくれたSさんが「火はでていないんだけどね、煙臭いのよ」と眉をひそめて教えてくれた。確かに下から上を見上げても特に大変な様子になっていることもなかった。マンションを一周回ってみても特段気になるところもない。
 
けれど、どこからともなく焦げ臭いにおいが漂っていた。
 
いつの間にか火災報知器の音は止まっていた。下にいた人たちの話によると、夜でうるさいから一通り、見回って安全確認をした上で止めた、と背の高い男性が言っていた。
 
その後、遠くからけたたましい消防車のサイレン音がする。そのサイレン音は、マンションに近づいてきた。Sさんが、念のため通報したらしい。
 
あっという間に、マンションの前に消防車が5、6台来て、気づけば、マンションの消火栓に消防のホースが繋がれていた。
 
「日本の消防って、優秀すぎるね……」
 
Sさんが横でつぶやいている。物々しすぎて、通報したのが恥ずかしいわ、とつぶやきながら。
 
その後、第一通報者のSさんと、火災報知器を止めた人、そして、私を含めた管理組合の役員2人が呼ばれて事情聴取をされた。
 
消防の人の話によると、火災報知器を止めてしまうと、原因の箇所が特定できず、困るらしい。
 
「鳴ったら消さないでくださいね」
 
困った顔で消防士に言われ、その場にいた人で頭を下げる。
 
鳴った報知器の箇所が分からなかったため、消防士は全ての住人の安否と外観から見た報知器の異状がないことを確認して、
 
「また何かあったら連絡ください」
 
と、引き揚げていった。
 
消防車が引き揚げるのを潮に、住人たちも、釈然としないまま解散することになった。
 
と、そこで済めばよかったのだけど、1時間もしないうちに、またも報知器の輪唱が始まる。その時子ども達は既に寝ていたので、もう一度外に出て、火が出てないのを確認すると、私は一人で下に降りた。
 
先程の管理人室に、消防士に聴取された人が集まっていた。今回は、報知器自体を消さないように音だけを切って、みんなで相談してもう一度消防に連絡した。
 
今回は、報知器が鳴っている箇所が特定されたので、その場所を消防士と確認し、報知器の誤作動を確認した上で、その報知器を外して、お騒がせな報知器狂騒曲は、一件落着したのだった。
 
消防士に話を聞くと、火災報知器の誤作動は、珍しいことではないらしい。
 
『湿気とかで誤作動してしまうこともあるんですよ』
 
消防服に身を包んだ消防士が教えてくれた。実は、我が家のマンションでも、報知器の誤作動は初めてではなく3回目だった。お騒がせではあるけれど、逆に報知器が反応せずに手遅れになるよりは断然マシだ……とも思うしかない。
 
今回、改めて、集合住宅でのトラブルを考えるきっかけになった。偶然、管理組合の役員だったので事情聴取などにも協力したけれど、役員は数年に一度回って来るだけなのでマンションに起こっている事情が全て把握できているわけではない。
 
実際、過去の報知器の誤作動の顛末を知っている人がいなかったので、住人同士で情報が錯綜し、消防士を混乱させてしまうような場面もあった。こういう時に事情を把握できている人がいると便利なんだろうな、と思いつつ、だからといってそれを自分が背負い切れるかというとそうでもないので、モヤモヤとした気持ちが残った。
 
今回は、図らずも避難訓練のような形で終わったからよかったものの、本当に火事の騒ぎになれば家族の命も守らないといけない。普段、誰かがやってくれるだろうと、人任せにしがちなマンション自治だけれど、これをきっかけに、もう少し関心を持って関わっていこうと思いを新たにした夜だった。
 
 
 
 
***
 
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2023-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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