メディアグランプリ

刺さったのは言葉ではなくエネルギーだった


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記事:そらいぬ(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
「なんか、最近になって、急に体力が回復してきたんです!」
その言葉を聞いて、暗闇に急に光が差し込んできたような気がした。
 
それは、とある勉強会でのことだった。参加者であるひとりの女性の、自己紹介の言葉だ。
「私はがんになっていて、仕事復帰はしたんですけど、体力がなくなってしまっていて、もうこのままなのかなと、あきらめ気分だったんです。だけどなんか、最近になって、急に体力が回復してきたんです!」
その人の自己紹介はそのあとも続いたはずだが、覚えていない。
 
私は今、乳がんの治療を受けている最中だ。右胸の全摘出手術を施したあと、化学療法を受けている。手術や化学療法は、体力を奪っていく。そのうえに、体調が悪いと、思考が良くない方向に向かいやすい。以前のように一日中動き回れるようになるのは難しいんじゃないか、仕事復帰はもうできないんじゃないか、と悲観してしまう。
医者は、多くの人はいずれ回復しますよと冷静に言うが、なぜか響かない。そうはいっても、私は回復しない方に入っているのかもしれないと考えてしまう。
 
それなのに、なぜこの女性の自己紹介の言葉は、私の心に届いたのだろうか。
 
この自己紹介の言葉は、誰かを説得するために発せられたのではない。女性が自分の近況を、喜びと共に伝えたまでだ。体力が回復したことが嬉しくて、話さずにいられなかったという感じだった。その純粋な喜びが、悩む私の胸を打ったのではないだろうか。「回復した」という言葉よりも、喜びのエネルギーが、私に刺さったということかもしれない。
 
私がもし、がんになる前の健康な状態であったならば、「体力が回復したんです」と聞いたら、「それはよかったですね」と返していた。これから前のように活躍していけますねと、相手の未来を喜んだ。
しかし、自分ががん罹患者となった今、「体力が回復したんです」という言葉は、私の中で、相手の未来ではなくて私の未来を開いた。そうなんだ、やっぱりそういうことがあるんだ、私もそうなるかもしれない、そんな希望が浮かんできた。
 
「多くの人はいずれ回復しますよ」という医者の言葉と、「回復したんです!」という当事者の言葉の違いは、それが発せられた時のエネルギーではないだろうか。そのエネルギーは、必要としている人にしか届かない。逆に言えば、言葉の持つエネルギーは、必要としている人に、まっすぐに刺さるということなのか。
 
よく、前向きな言葉は元気をくれるというけれど、例えば落ち込んでいるときに「大丈夫」と自分で言ってみて、果たしてどれくらいの人が大丈夫な気持ちになるだろうか。ひどく落ち込んでいるときに、自分自身に向かって「大丈夫」と声掛けするのは、なかなか辛い。自分の本当の気持ちに反していることを言っている、そんな乖離に悩まされる。
 
特にがんの場合は、「大丈夫」と言い切るのは難しい。がん治療は、未来が見通しにくい。例えば、化学療法は多くの人が副作用に悩まされるということは知っていても、果たして自分には、いくつかの副作用の中でどの症状が現れて、その辛さはどのくらいなのかは、やってみないと分からないのだ。ひょっとしたらベッドの中でひとりのたうち回るほどつらい日が何日も続くかもしれないと考えると、怖くてたまらない。未来が濃い霧に包まれていて、全く見通せないということほど恐ろしいことはない。
 
そんな不安の中にいる時に、似たような困難から抜け出ることができた人が発する「大丈夫だったよ!」には、心が動く。暗いトンネルを手探りで進んできたけど、大丈夫だったよという喜びのエネルギーが、不安な人の心の暗闇を一瞬にしてかき消してしまう。
 
そこには、誰かを説得しようとか、慰めようといった意図はない。単純に、嬉しいという感情のエネルギーが込められているだけ。誰かに聞かせるために発した言葉ではなく、感情の爆発とともに発せられた言葉だ。だからこそ、そのエネルギーを必要としている人に、まっすぐに届くのだろう。
 
私はこれまで、プライベートなことで嬉しかったというようなことは、外に向けて発信しても価値はないと考えてきた。「それはよかったね」と言われて終わりだ。相手は何も得ることはない、と。
でも真に心を打つのは、冷静な言葉ではなくて、エネルギーがこもった言葉だ。ごくごく少数かもしれないが、必要な人に刺さって、その人に希望を与える可能性があるのならば、発信する価値はある。
 
病気療養に限らず、人生には様々な苦難がつきものだ。そして、その苦難を抜け出た時の喜びは、とても大きい。その喜びのエネルギーは、同じような状況で苦しんでいる人に対して、暗闇に差し込む光になりうるのだ。たったひとりであっても、自分のエネルギーで未来に希望を持つ人が現れるのなら、素晴らしいことだ。私たちは、「今とても嬉しい」ということを、もう少し、感情の湧き出るままに語っていいのではないかと、そんなことを考えている。
 
 
 
 
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2023-11-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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