メディアグランプリ

さあ、レースを始めよう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:まほ(2023年・年末集中コース)
 
 
壁の女が睨んでいる。
深くえぐれたビキニライン、露わな背中、漆黒の黒髪、深紅の口唇。振り向きざまにこちらを見つめる瞳は、己の価値を知る者だけが持つ自信をたたえ、まるでこちらを挑発するかのように見る者の視線を捉えて離さない。それでいて、どこか切なさと愛しさを感じさせるポートレートに、私はくぎ付けになっていた。
まるでルーブルの一室でかの有名な貴婦人と出会ったときのような衝撃とともに、心をつかんで離さない。目を奪われるとは、いまこの瞬間のための言葉であろう。
 
 
ここは渋谷駅からほど近い、小さな書店。
最先端の流行が集まるこの街で、それもハイブランドや注目のレストランが軒を連ねる商業施設の一角に、紀伊国屋でも、丸善でも、ジュンク堂でもない小さな書店が控えめに看板を掲げている。しかし、文化祭に熱狂するキャンパスのはずれで営業する小さなカフェのように、その看板は不思議と来場者を引き付けてならない。
 
 
書店の片隅では、文章術を磨こうとする者たちが集うライティングゼミが進行中だ。
参加の理由は各々様々だが、良い文章を書けるようになりたいという願いは、みな執念とも言うべきだろう。なぜなら、今年も残すところあと3日という日に、ホリデー感全開の渋谷のど真ん中で4日連続の集中講座を受けようなど、もはや狂気の沙汰ではないか。
 
そんな狂人たちに、悪魔ともいうべき講師が襲いかかる。
 
「では、始めてください」
 
その声と同時に、講師はタイマーのスイッチを押した。
10:00の表示がゼロになるまでに、コンテンツを書き上げろというのだ。なんでも、限られた時間でアウトプットを行い、持ちうる言葉を出し切ることで、脳内メモリに新たな表現をインプットするのだという。言っていることはわからなくもない。しかし、ライティング初心者の我々には、あまりに高いハードルではないか……。
 
先ほどからこちらを見つめる写真の女も、こちらをあざ笑っているのだろうか。
無理でしょと言わんばかりの受講生たちの表情は、タイマーが鳴ると同時に、みるみる死に物狂いの様相へと変わっていった。
 
どっしりとした一枚板のテーブルに、ペンが走る音が響く、年の瀬の午後1時。
渋谷の片隅の小さな書店で、男女4人が一心不乱に紙に向かっている。
遠くから聞こえる賑やかなBGMも、通路を行き交う人々の楽しげな笑い声も、彼らの耳には届かない。年末特有の雰囲気に浮き足だつ買い物客らのすぐ脇で、テーブルの周囲だけが、入試会場のような緊張感と言いようのない静かな熱気で包まれている。
 
「残り3分です」
 
無情にも、残り時間を告げるスタッフの声が響く。
回答用紙を必死で埋める受験生のように、余白を文字で埋め尽くす。脳内から湧き出る言葉とは裏腹に、シャープペンの先が震える。普段はカタカタと子気味良いタイプ音を響かせる指先は、スーパーで駄々をこねる子どものように、こちらの意図なんてお構いなしで言うことを聞かない。
 
もう文字の体をなさなくなってきた。
ミミズが躍る紙面を見つめながら、私は不思議な感覚を抱き始めていた。
 
「残り1分です」
 
先ほどと同じはずのその声は、F1のラスト1周を告げる実況者のように、熱を帯びて聞こえた。
テーブルの周りの温度が1度上がった。ラストスパートとばかりに、参加者のボルテージが上がるのがヒリヒリと伝わってくる。慣れないマシンをなんとか乗りこなし、トラックを疾走するレーサーのように、ゴールフラッグを目指し、トップギアでアクセルを大きく踏み込んだ。
 
隣の女性が紙を裏返した。1枚では足りないのだろう。負けじとペンを走らせる。
脳内の言葉の引き出しを猛スピードで開けながら、裸のままの感情にぴったりの服を探す。頭の中でぼんやりとしていた思考にぴったりの言葉がはまった瞬間、まるでずっと探していた運命の服に出会ったような、試着室でガッツポーズをしてしまうような幸福感が、私の中を駆け巡った。
 
ああ、まだまだ書きたいことがある。時間よ、時間よ止まれ……。
 
「終了です。お疲れさまでした」
 
チェッカーフラッグが揺れた。レーサーたちはヘルメットを脱ぎ、顔を見合わせ、互いを労いあう。達成感に満ち溢れたその顔は、10分前とは別人のそれだった。
顔を上げると、ピットでレーサーを迎える監督かのような笑顔の講師がいた。悪魔の面影はもうなかった。
 
たった10分の経験は、すっかり私を変えてしまった。
世界が新年を迎える前に、私は、新しい世界に出会ってしまったのだ。
 
ペンというハンドルを握りしめ、紙というコースを疾走することが、こんなにもスリリングで、それでいて幸福感に満ちたものだったなんて。
 
まだまだ書きたい。私の世界は、書きたいことであふれている。
興奮冷めやらぬ私の横で、講師は満足げに笑みを浮かべた。
 
もう待ちきれない。さあ、次のレースを始めよう。
良かったら、あなたも一緒に。
 
 
 
 
***
 
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2023-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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