あの時わたしは地獄でエンジェルを見た
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:近藤やすこ(2023年・年末集中コース)
バンッ!!!!
ザワザワザワ……
運転席の方から煙が見える……
「どうしたの? 何が起こったの?」私は焦り気味でセネガル人の友人シルビアに聞いた。
「恐らくバスが故障して煙が出たみたい。最悪の場合はバスが爆発するかも」
「えええええっ」私は慌ててバスの窓から飛び降りようとした。
「ちょっと、待ちなさい」とシルビアは私の服をつかみ、落ち着くよう促した。
バスに乗っているセネガル人たちも恐怖で興奮しざわついている。
セネガルで磨かれた私の危機管理フラグがピンッと立つ。
今日はセネガル人のシルビアと日本人のかなこと私と3人で私たちが住むファティックからバスに乗り、漁港が盛んなンブールの市場に新鮮な魚を買いに行く途中での出来事。
何事もなければ、ファティックからンブールまでは1時間くらいで着くはずだった。
なぜ、日本人の私たちが西アフリカのセネガルにいたのか。
実は、派遣時期は違うが、私もかなこも海外ボランティアとしてセネガルのファティックに派遣され、同任地の教育隊員として現地で活動をしていた。
セネガル人のシルビアは仕事仲間であり、友人であり、頼りになる私たちの仲間だった。
今日は、シルビアに「新鮮な魚を買いに行こう」と誘われ、私もかなこも一緒に出掛けることにした。
交通手段として利用する車のほとんどは、先進国で廃車認定されている車ばかり。要するに、ボロボロで当たり前、ビジュアルよりも乗れて、動けばOKの世界だった。ただ、セネガル人の生き抜く力は逞しく、日本では考えられないおんぼろ車でも器用に乗りこなし、私たちを目的地までいつも運んでくれていた。
日本だったら驚くことでも、セネガルに住めば当たり前に慣れてしまって、どんなにぼろくても恐らく大丈夫という信頼感があった。いつもはセットプラス(7人乗りタクシー)を利用するが、7人集まらなければ出発しないこと、現地の人にとっては値段が高いこともあり、シルビアの提案でバスに乗りンブールまで向かうことになった。もちろん、このバスも年季が入っているがいつものことだったのでさほど気にならなかった。
日本人は私とかなこだけで、それ以外はセネガル人が30人くらい乗っていた記憶がある。
日本で「アフリカに住んでいました」というと驚かれることが多いが、住めば都で、日本のように物質的に豊かで、便利な生活はおくれないが、人懐っこく、陽気なセネガル人と気が合ったこともあり、日々平和に穏やかに暮らしていた。
そんなとき、予想外に乗ったバスから煙がでて、爆発するかもという状況に現在なっているのだ。数分経ってとりあえず大丈夫と判断されたのか、運転手がドアを開け、順番に乗客たちはバスから降りることになった。
降りた先は、もちろん目的地ではなく、家もない、店もない、木陰もない、人が歩けるような場所ではない乾燥地帯に私たちは一旦待機することになった。気温は恐らく40度以上。ジリジリと迫る暑さが体力を奪う。そして、私たちはいつ目的地に着けるのか……。 もうンブールには行けなくてよいから、無事家に帰ることができればと祈るばかりだった。
暑い! とにかく暑いのだ!!
「このバスはもう乗れない。この道路を通るバスがきたら乗ってくれ」
とバスの運転手は乗客に詫びることなく、ただ、それだけ伝えた。
えええ、こんなことあるのか? とセネガル生活に慣れてきた私でも久しぶりに驚いた。
日陰もない場所で、私たちはいつ来るか分からないバスを待った。
どれくらい経っただろう……。
乾燥地帯の一本の道路からうっすら何かが見える。モヤモヤしたものが段々とこちらに向かってきた。バスだ! バスが来た!
周りがざわめき出し、我先に走り出すセネガル人につられ、みんなが一斉に動き出す。
我先に! の精神は殺気立った光景に変わる。
私もセネガル人に負けない迫力でバスに向かう。
バスが止まった!!
バスのスタッフは、ドアは開けず、指定した窓から入るよう指示した。ドアを開ければ、暴動がおこり、制御できない状況であることが分かっていたからだ。
我先に! 我先に! とバスに乗り込みたい人たちが集まり出す。他の人を蹴落としても、自分が助かりたい気持ちが伝わりまくってくる。
私もシルビアもその流れにのる。
押されたら、私も押し返した。負けるわけにはいかないのだ。
シルビアが先にバスに乗り込む。
私も続けてバスに乗ろうとしたとき、バスのスタッフから「お前は後だ!」と言われた!
彼曰く、セネガル人が先だと言いたかったようだ。めちゃくちゃむかついてきた。
そんな時、すかさずシルビアが「この子は私の友だちなんだよ~!」とバスのスタッフを怒鳴り散らす。そんなやりとりの中、ふと、かなこがいないことに気づく。
この生きるか死ぬかの瀬戸際で何やってるんだよと内心思いながらも、
「シルビア、かなこがいない。探してくる」と告げ、私はかなこを探しに行く。
いない。いない。どこにいるんだ。
いたっ!!
かなこは、ふくよかな白いワンピースを着たセネガル人の女性に寄り添い立っていた。
「かなちゃん、どうしたの? シルビア、バスで私たちの席取って待ってるよ」と伝えると、
「やすこさん、私たち次のバスに乗ることにしてもいいですよね。この方、先に乗せてあげてもいいですよね」とかなこはいつもの控えめで優しい声で言ってきた。
彼女はセネガル人の女性が妊婦であることに気づき、ほっておくことができなかったのだ。
私は一瞬、立ちすくむ。
妊婦のセネガル人の女性は、そんな私たちの状況を察し「私は大丈夫だから」とかなこにバスに乗るよう促した。
シルビアはバスで私たちを待っている。行かなければ彼女にも迷惑が掛かってしまう。
「かなちゃん、行くよ!!」と声をかけ、私たちはバスに向かい、乗り込んだ。
蹴落としても我先に! の殺伐としたさっきの雰囲気とは考えられないくらい、バスの中は冗談が飛び交い、笑いが溢れていた。バスに乗れれば、さっきのことなど全て過去のこととしてセネガル人の間ではリセットされていたのだ。
えっ? 切り替え早くない?
と心の中でセネガル人に突っ込みを入れた。
同時に、このような生き抜く力と切り替えの早さがなければ、厳しい環境のセネガルでは生きることができないのだと痛感した。
かなこは席に座り、肩を震わせ、うつむきながら泣いていた。
私は、なぜ彼女が泣いているのか知っている。
私たちは、ただ魚を市場に買いに行くことが今日の目的だった。
この出来事は、まるで芥川龍之介「蜘蛛の糸」の地獄場面のようだった。
だれもが地獄に伸ばされた糸を、我先に! 我先に! と必死につかもうとした。
しかし、この土壇場で、かなこは弱きものに寄り添い、助けようとしていた。
この人は、本当に優しく、強い人だなと心の底から感じた。
お釈迦様はきっとこの行いを極楽から見ていただろう。
ピンチな時に人の本質が出る。
今日、私は地獄でエンジェルを見た。
***
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