メディアグランプリ

私に好きなものを聞かないでください


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:下村未來(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「何だこの曲は……!」
 
中学生のある日。何気なく音楽番組を見ていた私は、画面から目を離せなくなっていた。
 
もみあげと前髪のカールが特徴的な男性が、オペラ歌手のような声量で失恋ソングを歌っている。男女の別れを綴った切ない歌詞とは裏腹に、メロディーは底抜けに明るい。
 
数分間という短い時間の中で鮮明に描かれる情景。主人公の感情の描写。食い入るように画面を見ていると、どんどん曲の世界に引き込まれていった。一体この曲は、何なんだ。食い入るように画面を見ていると、画面に小さくこう書いてあるのを見つけた。
 
「作詞家:阿久悠」
 
これが、平成生まれの私が歌謡曲に心を奪われたきっかけである。それから私は、彼がピンク・レディーの『UFO』や沢田研二の『勝手にしやがれ』など、数々の名曲を生み出してきた作詞家であることを知った。
 
飽きもせずテレビばかり見ていた私は、もう一人の偉大な作詞家に出会った。それが、松田聖子の『赤いスイートピー』や『Sweet Memories』など、誰もが知るヒット曲を生み出してきた作詞家、松本隆である。
 
「何なんだ、この才能に溢れた人たちは」
 
私は彼らに対して、嫉妬と憧れが入り混じった感情を抱くようになった。頭の中で歌詞を繰り返すたびに新しい発見があり、どんどん憧れは膨らんでいった。
 
「なにこれ〜、渋すぎる! キャハハハハ」
 
友人とカラオケに来た時のこと。私がとある歌謡曲を歌おうとしたら、隣にいた友人がそう言って笑い転げたことがある。
 
彼女に笑い返しながらも、少しショックを受けていた。私は決して、ウケ狙いでこの曲を選んだわけではない。ただ、本当に好きなだけだ。それなのに、なぜ自分の大好きなものを、人に笑われなければならないんだろう。
 
おそらく彼女はその場を盛り上げようとしただけで、何も悪気はないのだろう。しかし友人のその言葉や表情は、「あなたの趣味って変わってるのね」という嫌味に思えて仕方なかった。
 
私はそれから、流行りの音楽だけを歌うことにした。しかし、自分が本当に好きなものをひた隠しにして生きていくのは、案外難しい。新しい授業。新しいゼミ。新しいバイト先。事あるごとに、「お名前と趣味を教えてください」と言われ、大勢の前で自分の好きなものを語らされた。
 
素直に好きなものを語るたびに、吐きそうなほど気まずい沈黙が訪れた。その度に「やっぱり私、変わってるんだ」と思い知らされる。自己紹介を重ねるごとに、ウケの良い答え方ばかり考えるようになった。
 
そんなある日。私でさえも驚くほど、強烈に趣味が渋い同年代に出会った。その友人は、歌謡曲やフォークソングだけでなく、私でさえよく知らない演歌歌手の名前を挙げて、「最近よく聴いてるんだ」と言った。
 
自分以外の人に対して「何だこの人、渋い!」と思ったのは、生まれて初めてだった。この人なら、私の気持ちを分かってくれるかもしれない。そう思い、こう打ち明けた。
 
「私は趣味が変わってるから、自分が好きなものを話してもほとんど理解してもらえないんだよね。どうせ周りには理解されないから、いつも自分が好きなものを誤魔化してる。そういうのってない?」
 
きっと共感してもらえるかと思った。しかし、その人は少し間を置いて、こう返した。
 
「う〜ん。別に周りの人に分かってもらえなくても、否定されてもいいんじゃないかな」
 
ああ、また共感してもらえないんだ。少ししょんぼりしながら、言葉の続きを待つ。
 
「だって自分が好きなものをちゃんと好きでいたら、同じような趣味を持った仲間に出会えるでしょ。だけど、自分が自分の好きなものを誤魔化して生きてたら、そんな貴重な仲間には、一生出会えないと思う」
 
私は自分の思考回路に、とてつもなく澄んだ風が入ってきたような気がした。ウケるか、ウケないか。そんなことばかり気にしていた私は、どれだけ子どもだったんだろうか。
 
あれから、あれよあれよという間に「大人」に分類される年頃になった。そしてつい先日、同期とカラオケに来た日のこと。私は勇気を出して、自分が好きな歌謡曲を入れた。イントロが流れて、あの日の友人の笑い声がフラッシュバックする。やっぱり最近流行りのJ-POPとか、みんなが知っているアニメソングとか、そういうものを選んだ方が良かったかもしれない。
 
「あっ! 私、この曲好きなんだよね〜!」
 
しかしそこには目をキラキラさせながら、うれしそうに肩を揺らす友人の姿があった。それからも私たちは、お互いの手札を一つずつ見せ合うように曲を入れ、その度に頷き合った。
 
帰り道、Apple Musicで大好きなあの曲を流す。思い返せば10年前、友人に「渋すぎる」と笑われてからずっと遠ざかっていた。
 
「うん。やっぱり最高。阿久悠は天才だ」
 
私はスマホをぎゅっと握りなおし、唇を噛み締めながら「お気に入りのプレイリスト」にその曲を加えた。
 
 
 
 
***
 
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2024-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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