私にとってスポーツはそろばんだった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:豊田紘子(ライティング・ゼミ2月コース)
皆さんは子どもの頃、どのような習い事をしていただろうか。
ある調査によると、今は、水泳・学習塾・英会話などが子どもに人気の習い事らしい。
30年ほど前、私が子どもだった頃は、クラスの3人に1人はそろばんを習っていたと思う。私もその一人だった。
今の時代、そろばんや暗算などできなくても、パソコンが全て答えを弾き出してくれる。集中力が身につくとよく言われるが、そろばん以外の習い事でも身につけることはできると思う。そろばんなんて習ったところで、なんのメリットがあるのだろう? と思うのも理解できる。それであれば、学習塾や英会話、スポーツの習い事に時間を使う方が、よっぽど将来に役立つようにも思える。
しかし、私は声を大にして伝えたい。
やった人間だからこそわかるが、そろばんは、もはやスポーツと何ら変わりない。頭と指の短距離走や中距離走競技が、そろばんなのだ。水泳と比較したって、勝るとも劣らない経験ができる。必ず将来に活かせる習い事である、と断言したい。
そろばんは日々、頭と指、集中力の心身両面を鍛え、本番では1種目数秒〜数分間という限られた時間の中で頭と指に全神経を注ぎ、いかに速く正確に問題を解けるかを競う。
たった1問、時間内に解けなかったり間違えるだけで、検定試験に落ちることもあれば、大会では優勝を逃すことなんてザラにある。たった0.1秒の集中力欠如が勝利を逃すことだってある。ものすごい集中力と緊張感をもって臨むのが、そろばんなのだ。
この緊張感、それに打ち勝って己の力を出し切れたときの達成感、それが優勝に繋がったときの喜びは、まさにスポーツで得られる達成感と同じである。
私自身、小学1年からそろばんを習い始め、珠算8段・暗算10段(最高位)を取得している。「暗算10段って、どのくらいの計算ができるの?」とよく聞かれるが、私の場合、現役時代の時は暗算で何億(9桁)の計算ができた。
しかし、私などは序の口の方で、同じ10段でも暗算で何千兆(16桁)の計算ができる人もいる。人によっては、16桁の暗算を確実に正解するために、普段の練習では21桁の暗算をしているらしい。そしてこれは大人に限った話ではないのだ。私自身、小学生でも13〜14桁の暗算ができる子を目の当たりにしたことがある。
一体頭の中がどうなっているのか、想像もできない異次元レベルの人が、老若男女問わず本当にたくさんいるのだ。
私の地元の北海道では、年に1回「北海道珠算選手権大会」が開催されている。その大会は、地区予選さえ勝ち上がれば、幼稚園児から大人まで年齢問わず参加することができる。
大人の部では、20年30年のキャリアを重ねた猛者たちが現役選手として参加している。以前、北海道一になった方が取材を受けていたとき、大人になってからも毎日練習していると話していたが、やはり、並大抵の努力ではないのだ。
練習を重ねてきた年数が圧倒的に多い分、北海道一になる人は大人の部の選手が連覇している。しかし、過去には小学生が北海道一に輝いたこともあった。これだけの年数練習し続け、大人になってからも日々練習しているにもかかわらず、そろばんを習い始めて5年にも満たない小学生が、超ベテランの大人を破ってしまうこともある。
ベテランの大人達も勝つことが当たり前ではないからこそ、子ども相手でも手加減など一切しないし、優勝が決まったときは雄叫びも上げる。その緊張感と熱気に私自身、何度も圧倒されてきた。
実は私も中学生のとき、この北海道珠算選手権大会中学生の部の読上暗算という種目で、優勝を逃した一人だった。入賞することが目標だったのだが、大会当日、まさかの優勝候補争いの1人になったのである。
同時に正解した中学生は私を含め3人、この中から優勝が決まる……。
「せっかくなら優勝したい!」と思った瞬間、脈を打つのがわかるほど緊張し、手が震え始めた。
この読上暗算という種目は、書いた数字を訂正することができない。訂正した瞬間に失格、かつ数字に乱れがあり規定通りの書き方になっていない場合も失格になる。つまり、手の震えで書いた数字が歪んでしまったら……即失格だ。
緊張と不安に押しつぶされそうな中、計算が読み上げられ始めた。練習ではなかなかできなかった桁の計算だったが、また答えを出すことができた。数字も震えずに書けた。そして、また正解することができた。しかし、また私を含めた優勝候補3人が正解した。
「次で決まらなかったら、もう心臓がもたない」そう思ってしまった。ただでさえ練習以上の結果が出せるほどの集中力を絞り出していて、さらに夢にも思わなかった優勝がかかっている……。過去に体感したことのない緊張状態だった。
また次の問題が読み上げられ始めた。桁が浮かぶ。よしいける!と思った瞬間、極度の緊張状態に疲れてしまっていたのか、ふと集中力が切れてしまった。ほんの一瞬だった。1秒もなかったと思う。
ただその一瞬、頭の中に浮かんでいたそろばんの玉が一桁、消えてしまった。普段の練習でできている桁数で、頭の中が落ち着いてしまったのだ。
やはりラッキーで勝ち上がれるほど甘い世界ではなかった。たった1秒、いや0.1秒集中力が切れただけで、負けてしまうんだと痛感した。
そろばんは、ただ珠算や暗算の技術を学ぶだけではない。集中力を鍛える、珠算式暗算は右脳が鍛えられるなど、そろばんを習うメリットはいくつも掲げられている。
ただ、それだけではないということを強く伝えたい。0.1秒たりとも集中を切らさずに本番で自己ベストを出せるか、勝利が目の前に見えて心臓がバクバクする中、自らを律して冷静を保ち勝利をつかめるか、という場面に常に対峙できることも含めてそろばんなのだ。
そろばんをやってきた者として、子どもたちの習い事の選択肢のひとつにそろばんが加わり、多くの子どもたちがそのような経験をしてもらえたら嬉しいなと思う。
***
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