メディアグランプリ

ホラー映画は、あなたに寄り添う究極の癒しである


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記事:宮下佳英 (ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
あなたはホラー映画を観るだろうか? ホラー映画との関わり方は二極化する傾向にある。『悪魔のいけにえ』『エクソシスト』など名作を網羅し、『サンクスギビング』『トンソン壮事件の記録』のような新作ホラー映画も熱心にチェックするホラーマニア。あるいは、ホラー映画に嫌悪感すら抱いており、絶対に観ない人。私は前者のホラーマニアタイプの人間であるが、ホラー映画を観ない人からすれば理解不能な存在だろう。何故なら、ホラー映画とは程度の差こそあれ、観客に不快感を与える映像であるからだ。登場人物が凄惨な拷問を受ける光景を見せつけられることもある。静かな場面で急に大きな音がする心臓に悪い体験(俗に言うジャンプスケア)、夜トイレに行けなくなるようなトラウマを植え付けられるかもしれない。あえて大雑把に言えば時間とお金を使ってストレスを受ける行為である。そして、その認識はホラーマニアと観ない人の間でも共通である。
 
ホラー映画が好きですと自己紹介すると、「なぜ観るのですか?」と聞かれることが何回もある。オブラートに包んではいるが、「自ら進んで不快な体験をする理由は?」という質問である。ホラーマニアからすれば人生で何回も聞かれる設問なのだ。そこで鉄板の答えは「ホラー映画は癒し効果があるからです」である。
 
これはその場を凌ぐ誤魔化しなどではなく、本心からの答えである。周りにホラーマニアがいたら是非、なぜホラー映画を観るか聞いてみて欲しい。かなりの確率でこの返答が来るはずだ。そして、それに続く説明で使われる単語は、高確率で“ジェットコースター”。“恐怖を安全な立場で味わえる”という行為の代表としてジェットコースターが、例えとして使われる。要するに、生命や健康のリスクを負わずに危険を疑似体験し、終わった後には五体満足な自分を再認識して安心するのである。最悪の状況と日常とのギャップを感じる、いわば相対的な癒し効果だ。悪夢から目覚めた朝の安堵感、それを味わいたくて僕らは今日も人でなし行為が平然と行われるホラー映画を観る。
 
この話を友人Mにもしたことがある。Mは私とは比べ物にならないレベルのホラーマニアだ。彼は海外でしか流通していないDVDを取り寄せたり、ホラーマニアのコミュニティを作ったりする人間で、私にとってホラー師匠のような存在である。そんな彼に「なぜホラー映画を観るのか?」の回答を聞いてみた。彼の端的な答えは「癒しだから」……やはりそうか予想通り、この後にジェットコースターの話が続くのだろう。しかし、彼の切り込み方は違った。
「ホラー映画って、人間の負の感情を描いているじゃん。恐怖はもちろん、怒り、妬み、殺意、悲しみ……。それって人間なら生きていて必ず抱く感情だよね」
予想外の展開に返しの言葉が詰まり目が泳ぐ私を差し置いて、彼は続ける。
「映画って観客の感情を突き動かしてナンボじゃん。ホラー映画はその条件をこの上なく満たしてるわけ、本来は。でも、映画で癒しというとイメージされるのは感動モノ。ちょっと紋切り型な言い方だけど、恋人との出会いとか別れとか。それ観て泣いて癒されようみたいな。でもそれって本当に共感できるかな? 大事な人との出会いと別れって、そんな頻繁な出来事じゃないよ。そこから生まれる感情、嬉しいとか悲しいってのも、あり得ないものではないけど身近なものでもないと思う」
確かに彼の言う通りだ。いわゆる“感動モノ”から摂取できる感情は、ドラマチックだがその一方で遠い存在でもある。彼の力説は佳境に入る。
「でもさ、ホラー映画は起きてることは非日常だけど抱く感情は日常的だよね。不安、恐怖、怒り、妬み……みんな毎日多かれ少なかれ心の中にあるでしょ。勿論ホラー映画はそれを極端に誇張して見世物にしてるわけだけど。“感動モノ”とホラー映画、どっちが人間の心に寄り添ってくれてると思う? 癒しの定義は人それぞれだけど、俺は自分の傍で寄り添ってくれる存在を癒しと呼びたいね」
 
人間は時代を問わず、負の感情からは逃げられない。極論を言えば、全てを手に入れた人でも死の恐怖は克服できない。それならば、負の感情を生涯の伴侶として受け入れてしまう方が楽なのではないか。ホラー映画は、あなたが日々抱く負の感情を肯定してくれる、究極の癒しなのかもしれない。私は彼の持論から、ストレス社会で生き抜く希望を見出した気がする。ホラー映画が不快な体験であるという前提は変わらない。グロテスクな表現や恐怖の許容量は人それぞれなので下調べは推奨するのだが、しんどい時に苦手だったホラー映画を観てみると、案外心に染みるかも……
 
 
 
 
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2024-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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