メディアグランプリ

神様が教えてくれたカーテンの向こうの景色


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
「パナ子ちゃん! すごく、いい笑顔だった!」
終演後、先生がそう言って褒めてくれた時、私は思った。
もしかしたら、初めて人のために歌うことが出来たのかもしれない、と。
 
高校生の頃からカラオケなどで歌う事が好きだった私が、歌の教室と出会ったのは30才の時だった。楽器製造メーカーのヤマハがやっているゴスペル教室だ。
 
ゴスペルは「ゴッド スペル」、つまり神の言葉などと言われキリスト教の宗教音楽の一種である。
 
実家に帰った際にのみ、チーンとおりんを鳴らして「なんまんだぶ」というくらいの軽薄な仏教徒は、これまた深い意味も考えずに、単なる趣味として軽い気持ちでゴスペルを歌っていた。そう、これまでは。
 
歌で伝えられる気持ちが存在することを教えてくれたのは、3月初めに行われた発表会だった。
十数人で歌うステージで「パナ子ちゃんは、前列」と先生が言う。月イチのレッスンで細々と歌ってきた身だが、約15年の受講歴はもう十分ベテランらしい。
 
これはまずい。
前列に立っておきながら歌詞を忘れて口パクじゃ、さすがに話にならない。
かなりの下準備をする必要が出てきた。
 
和訳した日本語で歌う場合もあるが、ゴスペルはそのほとんどが英語の歌詞だ。中高時代を後悔するほどの、てんで役に立たない英語力では内容を考えて歌うほどの余裕はなく、譜面にカタカナでルビを振ったそれを丸覚えするというやり方でこれまでやってきていた。
 
今回歌うのは全部で3曲。なじみの曲もあるとはいえ、全てを完璧に覚えるのはなかなか難しい。
 
そんな時、音楽に関してはプロをお招きしてやるほど力を入れている次男の幼稚園で素敵な出会いがあった。最近入部したママさんコーラスの特別レッスンをするためにやって来たプロのバリトン歌手だった。プロは言った。
「英語の歌詞をそのままなんとなく歌うのではなく、意味をしっかり捉えてください。情感の込め方が変わってきます」
配られた譜面には、英語の歌詞に加え、どういう意味なのか和訳も一緒に書かれている。プロの熱い指導により、今まで何となく発声していたという事が浮き彫りになった一日だった。
 
興奮冷めやらぬままに帰宅した私は思った。
ゴスペルの発表会で歌う曲も総ざらいする必要がある。まずは意味をしっかり捉えるんだ。
 
手始めに、ゴスペルの定番と言っても過言ではない「アメージング・グレース」についての和訳をググる。これまで何度も飽きるほどに歌ってきたこの曲の素晴らしさをちっとも理解していなかったことに今更気づいた。
15年も私は何をやってきたんだ! こんな素敵な曲がいつもそばにあったのに。
 
著作権の関係で歌詞の詳細は書けないが、私が感じた超超和訳で伝えるなら
「本当にさ、人生って辛いこともたくさんあるよな! でもさ! 絶対大丈夫だから! 神様っているんだよ。最終的にはみんな守られちゃうの。あなたがいい子だから守るとかそんなの関係ないから! 神様そんなちっちゃいこと言わないんだから」という非常に愛にあふれまくったものだった。
 
神様、めっちゃ優しいやん……。
いついかなる時も必ず最終的にはなんとかなるのだと、和訳を見つめながら実感していた。そして心を震わせた。
 
それはこの二年間私が体験した様々な出来事も相まっての事だった。
長男が不登校になり、思いの違いから夫婦間には亀裂が入った。そこから立て直した矢先、亡き母の代わりにずっと見守ってくれていた祖母が急死した。たくさんの涙を流したし、この暗闇からいつ抜け出せるんだろうと希望を失った時もあった。
 
でも! 私は今元気でいるし、こうやって大好きな歌を歌っている!
なんて幸せなことなんだろう。
 
そして、心から思った。
この歌の素晴らしさをみんなに伝えたい。
日頃髪を振り乱してやっている子育てくらいしか芸のない無職のアラフォー女が、一生懸命訴えたところで、人生の素晴らしさは伝わらないかもしれない。
でも、歌を通してなら、少しは伝わるかもしれない。
 
発表会に向けて日頃の何倍も練習を重ねた。他の二曲についても、意味を落とし込む事はもちろん、歌詞や振り付けなど体に染み込ませた。
 
そして迎えた発表会当日。
普段とは違う感触を私は味わっていた。
心地よい緊張感はあったものの、「歌詞が飛んだらどうしよう」「振り付け間違ったらどうしよう」という後ろ向きな気持ちはなかった。
 
いよいよ私たちの出番が回ってくる。
ステージに上がりマイクの前に立つ。ひとつ深呼吸するとイントロが流れ出し私は大きな口を開けて歌いだした。
 
今まで自分の事ばかりに気を捉われて(どう見えているのか)なんて小さな事ばかり気にしていた時は気づかなかった開放感が全身を駆け巡った。
僭越ながら、この会場にいる全ての人々の幸せを願いながら心を込めて歌った。肩の力は自然と抜け、その代わり腹の底から湧き上がるようなエネルギーを感じた。貼り付けたようなイミテーションの笑顔ではなく、ついこぼれるように笑みが浮かぶ。人の事を思ったからこそ出てくるエネルギーだった。
 
私はカーテンを開けて窓を開け放ったのだと思った。
これまでカーテンを閉めて暗い部屋で(自分って、自分って)と内に向いていた気持ちを、開け放った窓の先に向けて放出したら、なんとも心地よい陽射しの中で涼やかな風が吹き、心はどこまでも晴れやかだった。
 
会場にいる観客の方々に「とてもよかった」と言っていただいた時、少しは思いを歌に乗せて届けられたのではないだろうかと思えた。
 
プロではない私が歌唱力で魅せられることはないかもしれない。
それでも人の事を思って歌うことの素晴らしさを知ってしまった以上、これからも歌い続けるという選択肢しか、私にはない。
 
 
 
 
***
 
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2024-03-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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