料理のできない私が生きていくために考えたこと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:satow(ライティング・ゼミ12月コース)
我が家に食糧危機がやってきた。1人世帯なのでダメージを受けるのは私ひとりなのがせめてもの救いだ。
ここ数年、私は3度の飯のうち2度の食事は、宅配の冷凍弁当に頼りきっていた。この宅配業者が私の生命線だったといっても過言ではない。ところが、今月限りで弁当販売を終了することになってしまったのだ。とはいえ、実は販売終了の告知はもっと前にされていた。いちど目にはしたものの、なんとなく現実逃避していたら、いつのまにか販売終了月を迎えてしまったというわけだ。
はっきり言って、事態は深刻である。私は料理をしないからだ。いや、正直に告白するとしたいのはやまやまなのだが、できない。家にある調理器具と呼べそうなものは包丁とまな板、あとは野菜を洗うボウルくらいのものしかない。
これでも、実家を出て一人暮らしを始めた頃は、憧れの自炊生活に胸をときめかせていたものだった。スーパーの食料品売り場で献立を考えなら、食材を買い物カゴへ放り込む。そんな自分に酔っていた頃もあった。
だが、私は鍋やフライパンは買い揃えなかった。小中高の家庭科の時間でも、料理オンチの私は主に洗い物専門だったからだ。自炊生活をしたかったくせに、料理への苦手意識は大人になっても拭えなかった。だから、失敗の少ない電子レンジ用の調理器具でお手軽な料理から始めることにした。失敗したら食材ももったいないしね……などと心の中で言い訳をしながら。
私のお気に入りの料理は、もやしとエリンギと場合によっては大根か人参をいっしょに入れた野菜蒸しだった。電子レンジ用の調理器具でチンするだけのお手軽料理である。だが、エリンギから薄味のいい出汁が出ていてとても美味しかったのだ。あくまで個人の感想ではあるが。
なんだ私……ちゃんと食べられるもの作れるじゃない。フライパンや鍋を使った難しい料理に挑戦しなくても、これなら生きていける! 妙な自信をつけてしまった私が道を踏み外した瞬間だった。
野菜だけではスタミナ不足になるので、タンパク質と炭水化物は卵かけご飯で摂ることにした。これで必要な栄養素は完璧だと思っていた。私は食生活というものを完全に舐めきっていたことに、まったく気がついていなかったのだ。
そんな生活を続けて数年たったある日、私は体調に異変をきたした。女性特有の体の性質である、月のモノの量が急激に増えたのだ。もともと安定しない体質で、めったなことでは婦人科に行かない私だったが、このときはさすがに生命の危険を感じた。
あわただしく隣駅の婦人科クリニックへ駆け込むと、若くてハキハキとした女性の医師に子宮内膜症であることを告げられた。
「珍しい病気ではないので心配はいりません。ただ、手術は急いだほうがいいです」
私は1日も早く手術を受ける方向で進めてもらうことにした。
だが、最短で取れた手術の予約日は3か月先だった。それまでは、普段通り生活し、手術日を入れて1週間の入院になるという。そんな説明を受けたとたん、1週間の間、仕事は誰に頼めばいいだろうか……どういう段取りで引継ぎをしたらスムーズにいくだろうか……といった業務のことで頭の中がいっぱいになってしまった。
「手術を受けられる体の状態かどうかを血液検査で調べますので……ちょっと、チクっとしますよ」
カラの注射器を振り上げた看護師さんの言葉もろくに耳に入らず、ああ、1週間も休んだら上司や同僚たちに迷惑かけちゃうなぁ……なんてことばかり考えていたものだから、血を抜かれた跡にガーゼを当てながら病院を後にしたときも、この検査の重要性がまったくわかっていなかった。
「ちょっと、問題が起きています」
1週間後、再びクリニックを訪れた私に、医師はただならぬ様子で告げた。
「このままでは、手術が受けられません」
そこまで言われて、初めて私は事の重大さに気がついた。職場の人たちには既に手術の予定日を話し、引き継ぎの段取りをつけてもらってある。今さら予定日を変更してくれとは言いづらい。
「どうしても、この日に手術を受けたいんです!」
「satowさんは今、栄養失調なんです。鉄分が足りていないので、このままでは手術を受けることができません」
え? 一瞬何を言われているのかわからなかった。
「手術を予定どおり受けたいなら、栄養バランスの整った食事を1か月続けてください」
そんな……栄養バランスを考えた食事をちゃんと摂ってきたはずなのに。だが、ここで先生に言い返したところで何も変わらないだろう。
1か月後の検査で必要な鉄分の量が摂れていれば、ギリ予定通りに手術は受けられるというのなら、何か手立てを考えなければならない。
そこで私は、自分で調理するのをやめた。代わりに、宅配弁当について徹底的に調べた。その結果、管理栄養士が監修しているヘルシー弁当という商品にたどりついたのだ。
この弁当は文字通りヘルシーで、私の救世主となった。3食すべてヘルシー弁当にしたところ、1か月後の検査を見事をクリアし、予定通り手術を受けられることになったのだ。手術当日まで良好な健康状態を維持するため、宅配弁当は検査後も続けた。無事に手術が終わり退院した頃には、もう自炊に対する夢もこだわりきれいさっぱりなくなっていた。それどころか宅配弁当の便利さにすっかりハマってしまい、退院後もそのまま3度の飯は宅配弁当という生活を続け現在にいたったのだった。
そんな、感謝と思い出にあふれたヘルシー弁当が今月で販売終了となってしまった。世界情勢による食品原価の高騰が原因なのは明らかだ。とりあえず、今は別の宅配弁当の業者に頼むことにしたが、またいつ、同じことが起こるとも限らない。
唐突だけれど、私はお母さんってすごいなと思った。家族の健康のため、栄養のある食事を何十年も作ってきてくれたのだ。うちの母だけではない。今この瞬間も家族のために食事を作っている、世界中の主婦や主夫のみなさんを心より尊敬する。
ただ、尊敬はするが見習う気はない。料理は練習を始めたところで急にうまくなったりはしない。なので、この世界から宅配弁当業者が消えてしまう日が来たとしても、自炊をする気はさらさらない。栄養満点の食事を作るなんて、私にとっては無理ゲーに等しい。
重要なのは健康診断を欠かさず受けて、足りなかったり、偏って摂ってしまっている栄養素が何なのかを知ることではないのか。料理よりも必要なのは栄養の知識だ。コンビニ弁当やファーストフード、精肉店のお惣菜まであらゆる出来合いの調理された食品に含まれる栄養素についてコンプリートする。あとは何をどれだけ食べたら自分は健康体でいられるのか、毎年の健康診断の結果から分析し、トライ&エラーあるのみだ。
大丈夫! 料理なんかしなくても私は生きていける!
あ……自分の本音に軽くショックを受けた。
私、料理ができないだけじゃなくて、とことん料理することを避けて生きていきたいんだなぁ。できないからしたくないのか、したくないからできるようにならないのか、なんて不毛な議論はしないことにする。
***
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