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仕事を辞める14日前、後悔するなんて思ってもいませんでした


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:香月佑水(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
本棚の前で動かない二人の女の子。
一人はしゃがみこんで、なにやら本のページをめくっている様でした。
私に背を向けているので、二人の表情は見えません。
その背中から思いのほか真剣な様子が伝わり、心にサワサワとした感覚が生まれたのを感じたのでした。
 
ああ、そうか。
私はひょっとして今、後悔しているのか……。
自分の意思で仕事を辞めると決めたのに、辞める2週間前になって後悔が湧き上がるなんて、思ってもいませんでした。
 
 
仕事を辞める意思を職場のオーナーに伝えたのは、半年前でした。
地元が九州の私は、東京に出てきてオーナーと二人で塾を開いて、10年が経っていました。
 
これまで、地元に戻ることを考えたことは無かったのですが、ここ数年気になることが出てきました。
老いてきた両親のことでした。
私が20年近く実家を離れて暮らしているので、両親から見て、生活習慣にかなり違いがある私とは、もはや他人みたいに感じる部分があるようでした。
 
きっと、だからこそなのでしょう。
遠くに住んでいる私に遠慮しているのか、母が自転車で転んで骨折した時も、父に悪性かもという腫瘍が見つかった時も全て、何とかなった後から知らされることが増えました。
 
それ、何とかなってなかったら、どうなってたんだろう。
 
頻繁に地元に帰らない私が言える立場ではない、そう分かっています。
その内、何ともならないことが起きて、「病気で余命3ヶ月と言われた」なんて連絡が突然来る日もありえるのではないか?
そんな風に私の想像力を働かせるのには十分でした。
 
今、塾の仕事をしていて携わる子どもたちには、まだまだ長い未来があるでしょう。
でも、高校卒業とともに実家を出たままになってしまった、両親は?
 
オーナーと二人で塾を始めて10年経った今、日々の運営はほぼ私一人が携わっています。
そんな中、私が辞めるとなれば、おそらく塾はたたまなければならなくなると分かっていました。
 
私のもとで勉強することを選んでくれた塾生たちには、迷惑がかかってしまうことを考えました。
ただ、ここは東京の中でも塾がたくさんあるエリアです。
どこにも行くあてが無くなってしまう人はいないでしょう。
 
今後、両親にもしものことがあったら。
私が地元に帰らなければならないということが出てきた時に、塾を空けなければならなくなってしまいます。
それが受験直前だったら?
 
先のことは分からないけれど、分からないなりに考え、選んだのは辞めるという選択肢でした。
選んだからには、そしてオーナーに伝えた時に後悔はありませんでした。
 
 
なのに。
 
閉塾に向けて、塾の中にあるものを、少しずつ整理しはじめたときのことでした。
オーナーの
「塾の本棚の本を、欲しい塾生にあげるのはどう?」
という提案がきっかけで、自分の選択に揺らぐ気持ちがでてくるなんて、思ってもいませんでした。
 
塾には少しずつ増築してもらった本棚があって、いろんなジャンルの本が所狭しと並んでいます。
どう? って……ほとんど私の本なんだけどな。
 
私が小中学生の頃に読んだ本や、勉強の知識につながりそうな漫画の本などを少しずつ買っては本棚に入れてきました。
そうしてパンパンになった本棚は、私の好きが詰まった場所でもありました。
休憩時間に、塾生が読んでいる光景を見かけるたび、内心ニヤニヤとほくそ笑んでいました。
 
私物とはいえ、これ全部を家に持ち帰るのは無理だ……。
「ひとり5冊まで、気になる本があったら、あげるね」
そう言って本棚を開放したのでした。
 
本棚には中古の本も多いので、欲しい本があれば新しい本を買ってもらった方がいいのではと内心思いながら、塾生たちに伝えてみました。
 
「え! いいの!?」と言いながら本を手に取る小学生。
そうだよね、その本よく読んでたもんね。
 
と思っていたら、その隣にいた中学生が指差した本を見て、
「え、それがいいの?」
と声をあげてしまいました。
 
この地域の歴史が詳しく書かれた、数十年前の古い本でした。
小中学生が読むには難しい内容でしたので、少し離れたところに置いていた本でした。
 
「いや、もちろんいいよ」
と言いながら渡すと、ページをめくりながら
「こういう古い歴史、大好きなんだよね」
「あ、そうだったんだ、ここのページがねぇ……」
なんて思わず盛り上がりながら、その塾生の知らない一面を知れて嬉しくなりながら、ふと寂しさが心を覆うのを感じていました。
 
私が参考書として勉強していた本が欲しいと言われ「えぇ!!」と驚かされたり、
本を読んで大人になりたいと言いながら選んでいる子がいたり、
それぞれが本棚から興味がある本を選んでいきました。
 
いつだったか、前に、ネットで「今どきの人の活字離れ」の記事を読んだことが頭をよぎり、目の前にいる子たちの様子とのギャップに驚かされたのでした。
 
塾生たちが選んだ本と同じものを、もし、彼らが本屋で見かけたとしても選ばないかもしれません。
この本棚という限られた中だから、選べたものもあるでしょう。
 
ただ、本当に興味がなければ選ばないと思うのです。
私が好きな本を集めてきた本棚から、本が抜き取られていくたび、その子との小さなつながりが作れたようでした。
 
いつかボロボロになって、捨てられる日も来るでしょう。
一度家で読んで、そのあとはその子の本棚の肥やしになるかもしれない。
それでも、本を通じて一人一人を知れたことが、嬉しかったです。
 
塾に通ってくれた塾生たちは、私が今のタイミングで閉めることを決めなかったとしても全員、いつかは出ていく日がくるはずでした。
塾生が本を選んでくれることに嬉しさを感じたことで、塾生全員が塾を出て行くタイミングを今、と決断したことに、寂しさを感じることになるとは思ってもいませんでした。
 
 
日々、歯抜けのようになっていく本棚の前で今、女子の塾生が二人、本を選んでいます。
5冊って、決して少なくはない冊数にも関わらず、思いのほか真剣に選ぶ後ろ姿に、もうすぐ、私のもとで学ぶことがなくなる日が来ることを意識させられました。
 
本を通じて塾生たちの「好き」に触れ、
「ああ、もう少し皆と一緒に学べる講師でありたかったな」
後悔というには柔らかな気持ちが、心に満ちるのを感じるのでした。
 
「この作者さん、私、好きなんだよね。面白いよ」
塾生たちの興味が、未来を照らす種火になることを願いながら、選んでくれた本を渡すのでした。
 
 
 
 
***
 
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2024-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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