カリスマ美容師との決戦は日曜日
＊この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか？賞を取れるのか？プロも通うのか？〜
記事：前田三佳（ライティング実践教室）
「あった～！！」
やっと見つけた彼の懐かしい名を見て胸が高鳴る。
こんな気分になるのはいつ以来だろう。
初恋の人の名をFacebookで見つけたわけではない。
いつも使っているヘアサロン予約サイトで、あの人の名前を発見したのだ。
「Tさん……」
きっと彼に違いない。
はやる気持ちで予約に進んだ。
ここ数年、私はさすらいの旅人だった。
自分に合ったヘアサロン、美容師さんを求めて何軒の店を渡り歩いたかわからない。
カット技術、スタイリング技術、接客態度、シャンプーのうまさ、店の雰囲気、価格……といった全てに満足できる店はなかなか無い。
偉そうに、お前は何様かと自分でも思うが、私にとって美容院はただ髪を切るだけの場所ではない。
それは月に1度の小さなご褒美でなくてはならない。
時には初対面の方にいっとき、この髪のすべてをゆだねるのだ。
シャンプーはまさしく痒いところに手が届くように繊細なタッチで、うっとりと心まで解きほぐされたい。
トリートメントは、痛んだ髪を優しくいたわるように施してほしい。
店は華美でなくても清潔感に満ちていてほしい。
コミュ障の私につかず離れずいい感じで接客してほしい。
そして何よりも私の希望をしっかりと聞き、やっかいな髪のクセを知り、カットの技術で
素敵に変身させてほしい。
そう、まったくもってわがままな話だ。
そんな所あるかいと自分にツッコミを入れてしまうが、かつて足繁く通っていたサロンはまさに理想の店であった。
横浜にある「美のトータルビューティサロン」とうたったこの店は、ヘアはもちろんエクステ、ネイル、エステ、フェイシャル、の全てを提供する夢のようなサロンだった。
ひざまずいて接客する受付嬢、イケメン揃いのスタッフ、ゴージャスな内装の中で客はひとときプリンセス気分を味わえる。
50代、何を勘違いしたのかわからないが私は美容に執着しこのサロンにたどり着いた。
そこで出会ったのがT氏だ。
まるでEXILEのように浅黒く引き締まった身体に波打つロングヘア、だが決してチャラ男ではない。
彼は極めて礼儀正しいカリスマ美容師だった。
カリスマ美容師の定義を実はよく知らないが、この方ほどカット技術が見事な人に会ったことが無い。
私にとってのカリスマだ。
多くの美容師さんと違って彼は無駄話をほとんどしない。
だがどんな髪型にしてほしいのか、髪の悩みは何なのか、とても丁寧なカウンセリングをしてくれる。
目指すスタイルが決まると、そこからはもう一心不乱。
まるで芸術家がひとつの作品を創造するような気迫で髪を切る。
そこに無駄口を挟む余裕はないし、私もくだらない世間話などできないオーラさえ漂っている。
カットの後はシャンプー、トリートメント、ブローで終わるが、ここでもまた彼のこだわりが発揮される。
シャンプー後の髪の状態をもう一度チェックして、ミリ単位でハサミを入れてくれるのだ。
そして仕上げに「ちょっとアレンジさせてください」とヘアアイロンでトップにボリュームをつけてくれたりする。
鏡の中にはさっきまでのくたびれたオバさんは消え失せ、艶のあるスタイリッシュな髪がキマッて満足げに微笑む「女」がいる（気がする）。
きっと彼はこの仕事が好きでたまらないのだろうなと、いつも思う。
単なる仕事としてではなく、並々ならぬ情熱をもって髪をデザインする。
そんな情熱が伝わるからこそ、きっと誰もが仕上がりに満足し次の予約をして店を出ていくのだろう。
髪がキマると自信が生まれる。
いつもは敷居が高いショップを覗いて、新しい服を試してみたくなる。
それとも遠回りをして評判のスイーツを買ってみようか。
めんどくさい悩みはいっとき忘れ、心には羽根がはえる。
美容師さんの魔力は本当に偉大だ。
しかし残念なことに、いや彼にとっては喜ぶべきことだが、私のカリスマはあっという間にエグゼクティブクラスに昇りつめた。
もともとお高めサロンのトップクラスでは、とてもパート主婦の私が月一で通える値段では無い。
私は泣く泣く彼を諦め、店を変えた。
第二のカリスマを探して。
庶民が通える店にも、カット自慢のカリスマはきっとどこかに隠れているに違いない。
そんな想いで次々といろいろな店を渡り歩いた。
しかし横浜から藤沢に移り住み、あれから10年経った今も第二のカリスマには出逢えていない。
きっと今日も彼はあの店で、ひとりひとりのお客様の髪に真剣に向き合っているのだろうな。
ああ羨ましいな……。
もう私には遠いひとだな……。
なかば諦めていたある日、友人からT氏がサロンを辞めて独立されたと聞いた。
店の名前はわからないと言う。
なんと！ それはチャンスかもしれない。
あの「美のトータルビューティサロン」に今さら行く勇気はないが、T氏がひっそりと開いた店になら多少高くても行ってみたい。
私は血眼になって検索した。
あった！！
懐かしい……。
いや、懐かしがっている場合ではなかった。
オープンしたばかりというのに、早くも予約が先まで埋まっている。
さすがだ。きっとあの技術に惚れ込んだお客様がこぞって予約を入れたに違いない。
私は焦る気持ちで3週間先の予約を取った。
その日まで、私はうねる髪も伸びる白髪も我慢してなんとかやり過ごそうと心に決めた。
T氏の手を離れて約10年。
すっかりバアサンになりいささか恥ずかしい気もするが、きっと彼ならマダムに変身させてくれるに違いない。
（待ってろよ～）
まるで果たし合いに挑む佐々木小次郎のように、なぜか気合いが入る私だった。
＊＊＊
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