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戦国武将に花を捧ぐ

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング実践教室)
 
 
※この記事はフィクションです
 
見知らぬ男の腕に抱かれている夢を見ていた。
温かでどこか懐かしい匂いに包まれいつまでもこうしていたい……。
と思ったのも束の間、私は野太い声に起こされた。
「おう、そろそろ起きんか」
「!!!!!」
驚きで声が出ない。
私を片手でガッシと抱いていたのは、むくつけきオジサンだった。
深く刻まれているのはいったいシワなのかキズなのか、その浅黒い顔は複雑にもつれた髪と髭に覆われている。
しかもよく見れば、男は侍のコスプレをしていた。
すっかり色あせた古めかしい鎧に刀を挿し、背中にはなぜか笹を挿している。
男はその風貌にはまったく似合わない柔和な瞳で、ニッと笑った。
さっきまでの恐ろしさが潮のように引いていく。
「いったいあなたは誰なんですか?」
「ワシか? ワシは可児才蔵(カニサイゾウ)じゃ」
 
私は少しずつ覚醒した。
父のルーツを訪ねたくて私は旅に出た。
父は生前「可児才蔵」という戦国武将が我々の祖先だと語っていた。
その武将をまつる「才蔵寺」で才蔵の墓参りをする。
それが旅の目的だったのだ。
 
可児才蔵吉長は1554年、現在の岐阜県可児郡で生まれた。
柴田勝家、明智光秀、前田利家など多くの主君に仕え、槍の名手として戦国時代に名を馳せた。
関ケ原の戦いでは敵兵の首を17もとり家康からも大いに賞賛された。
目印に討ち取った首に笹の葉をくわえさせていた事から「笹の才蔵」の異名をもつという。
知れば知るほど恐ろしい歴史に私はおののいた。
 
広島市郊外の山の中腹に「才蔵寺」はあった。
お世辞にも立派とはいえない民家のような寺の中には、才蔵由来の甲冑のレプリカなど縁の品がところ狭しと置かれている。
「いやあ、この寺も私で仕舞いですわ。後を継ぐものもおらんで」
私が才蔵の末裔であることを告げると、気さくな寺の住職はそう言って頭をかいた。
「私ひとりでこの寺を守っておるで、気付いたら墓の辺りに怪しい男が住みついてしまっての」
「そうなんですね。でもせっかくだからお墓参りして帰ります。大丈夫です」
才蔵の墓は寺から少し離れた場所にひっそりと建っていた。
花を手向け手を合わせる。
(才蔵さん、どうぞ安らかにお眠りください)
目をつむり、心の中で才蔵に声をかけ……。
そこまでは覚えているが、どうやらひどい目眩で意識を失ったらしい。
ここのところずっと忙しく、疲労がたまっていた上に睡眠不足だった。
無理をしすぎたのかもしれない。
気がついたら私は、才蔵と名乗るオジサンに助けられ腕の中にいたのだ。
 
「さきほどは、かたじけない」
「ワシに花を手向けてくれ、礼を言うぞ。
ここのところ、誰も詣でてはくれんかった。だから嬉しくてな」
この男は、可児才蔵を崇拝するあまりここに居着いてしまったのだろうか。
それとも才蔵の亡霊?
いやいやこんなリアルな亡霊がいるものか。
 
「あの、あなたはもしかして本当に可児才蔵さんなんですか?」
私は疑いながらもオジサンの話に合わせてみることにした。
「いかにも。わしの名は可児才蔵吉長。槍を使わせたらわしの右に出る者はおらん!」
「あの……その背中の笹は?」
「おお、これか。これはわしの旗印じゃ。
わしは関ヶ原の戦で17の首をとったで。
戦場(いくさば)から首を持ち帰るにも重うてな。
ふと、とった首の口に笹を挿して目印とすることを思いついたんじゃ。
さすれば親方もわしの手柄とわかるからな。それからこの笹をわしの旗印としておるのじゃ」
「でも17人の首をとったなんて酷い……。」
「さもなくば、わしが殺される。戦とはそういうもんじゃ」
「はあ」
「そなた、笹のもうひとつの意味をご存じかな?」
「笹(ささ)には「酒」の意味もあるんじゃ。
つまり、わしは戦った相手にも最期に酒を手向け、敬ったということじゃな」
そうだったのか。残酷なだけじゃない。
武士としてちゃんと筋が通っていたんだ。
「もうひとつ聞いていいですか」
「なんじゃ」
「なぜ貴方はコロコロと主君を変えたんですか?」
「コロコロか。そなたも痛いところを突くよのう。
確かにわしは主君を次々と変えた。わしは曲がった事が大嫌いなんじゃ。
たとえそれが主君であっても、おのれと道が違うとあれば去ったまでのことじゃ」
それから才蔵はいかにして戦国の世を生き抜いてきたのか、時に涙ぐみ、時に憤慨しながら私に熱く語った。
 
「実は、おぬしに頼みがある。」
才蔵は頭を下げた。
「ワシが取った17の首の墓に花を手向けてやって欲しいのじゃ」
「17の首って……。無理ですよ、そんなの」
「ほれ、ここに名前と墓の在処(ありか)を記しておる」
差し出した紙には、見覚えのある字でいくつもの名が記されていた。
「なんと! よく調べましたね」
「調べてくれたのは、そなたの父よ。サイゾウだ」
「え⁉ お父さんが?」
「そうさ。サイゾウは60を過ぎてから足繁くワシの墓に来てくれおった。
そこでワシは17の首の墓を探してくれと頼んだのじゃ。
初めサイゾウもワシを見て腰を抜かすほど驚いておったが、そのうちすっかり意気投合してのう」
父は定年退職後も何かと理由をつけては旅をしていた。
その理由が今やっとわかった。
急な病に倒れ、事実を私に告げぬまま亡くなってしまったのだろう。
「ワシに斬られた者たちにもきっと家族がおったろう。ワシは謝りたいのじゃ」
よく見れば、そのリストの文字は懐かしい父の筆跡だった。
父の残した仕事を私は引き継ごう。
それしかなかった。
「わかりました。私できるだけやってみます」
私は才蔵からリストを受け取った。
 
気がつけばもう日が暮れかかっている。
「才蔵さん、私もうそろそろ帰らなきゃいけません。最後にもう一度ハグしてくれませんか?」
「はぐ? おお、こうか。こうだな。
そなたに会えてワシは嬉しかったぞ。達者で暮らせよ」
少しカビ臭い甲冑の胸に私はまた包まれた。
父のようなその温もりに私はいつまでも目を閉じていた。
 
どのくらいの時が経ったのだろう。
気がつくと私は大きな木にしがみついていた。
もう才蔵の姿はどこにも無い。
だが私の手には、クセのある父の字で綴られた17の墓リストが残っている。
あれは現実だったのか、それとも亡霊か?
ええい、どちらでもいい。
戦国の世を逞しく、おのれの意のままに孤高に生きた武将の血が私にも流れているのだ。
そして約束を最後まで守り通した父の血も、魂も。
そう思うと、この先何があっても力強く生きていける気がした。
「才蔵さん、お父さん私頑張ってみるよ」
一陣の風が才蔵寺の竹林をざわざわと揺らし、駆け抜けていくのがその時はっきりと見えた。
 
 
 
 
***
 
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2024-04-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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