1ページずつの人生
*この記事は、「絶対麗度ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:小田ゆかり(絶対麗度ライティング)
「なんだかどれも同じ表情ばっかりだなぁ…」と3月に撮影した写真を見て思った。撮られるのに慣れてきたのかもしれないし、何かに媚びているようにも見える。来月はもっと表情に気を付けてみよう…と、そこまで思いを巡らせたところで「私は一体何を目指しているんだっけ?」と思考が迷走した。モデルでも女優でもない私が、自分の写真を見て表情のつけ方を大真面目に考えている。不意におかしくなってしまったが、それでもいいのだ。ただただきれいな写真を残したい。その一心で日々の食事から運動にまで気を配る。もはや「美しい写真を撮ること」が私の趣味になりつつあるのかもしれない。あまり他人には大きな声で言えない趣味でもある。例えば、職場で隣のデスクに座るあの彼女にはやはり、とても打ち明けられそうにない。
産休が明けて間もない彼女は、育児と仕事に追われていつも忙しそうだ。子供のお迎え、子供のお熱、保育園からの電話、夕飯の準備、休日に子供と出かける場所探し…。どれもこれも私の生活の中にないものばかりである。「寝ても寝ても眠たい」「食べても食べてもお腹がすく」と彼女はよく言うが、その生活に私は感心する。彼女はいつも私に小さな我が子の写真を見せてくれて、そんなときは写真の中身だけではなくそれを私に見せる彼女自身もとても幸せそうに見える。隣の芝生はいつだって青く輝いて見えるものだ。そう、お互いに。以前、私が一人で旅行に行った時の写真を彼女に見せていた時のこと。一人旅の写真がスクロールされるごとに彼女の表情はどんどん暗くなっていき、やがて低い声で「うらやましい」と言われた。「私には一人で旅行や映画に行ったり、ランチを楽しむ時間がどこにもない。毎日毎日子供のことばかり」と彼女は吐き出すように言った。私には返す言葉がなかった。幸せって何だろうねと言いかけて、その言葉は飲み込んだ。40を過ぎた女が一人で居るなんて寂しそうで不幸そう、あなただっていつかどこかで誰かに、そう思ったことがあるんじゃないのか。その言葉も、私は胸にしまって決して口にはしなかった。
最近、向田邦子の短編集を再読している。向田邦子は私が一番好きな作家だ。彼女のエッセイの中には「中年を過ぎた独身女が…」とか「ひとり身の身分で…」と自らの立場を自嘲する表現がしばしば登場する。しかし彼女はどの場面でも、いつもキラキラ輝いている。遠くの国を旅する彼女、熱心に仕事に打ち込む彼女、友人に対する思いや家族を見守る目、好きな食べ物や料理のこと…。生活の隅々に行き渡るあるゆる感情を彼女はいつも楽しんでいる。もし独身でなくとも彼女ならば、きっと人生を楽しむことだけはやめなかっただろうと思う。隣の青い芝生のことすらも、彼女にとっては何かを紡ぐための材料だったに違いない。「生きることを楽しむ心」それをいつも彼女のエッセイから思い出させてもらっている。
向田邦子も、隣のデスクの彼女も、私も。みんなみんな。一ページずつめくりながら、人生の物語を綴っている。真っ白なページに「幸せ」と書いてみては消し、時には破り、それでも真っ白なページに書かれる何かの続きを知りたく、今日や明日を生きている。いつかそれが私だけの唯一無二の物語となる。今も、そうなのだ。何かの続きの今日を私は生き、生活の隅々に感情を行き渡らせ、幸せを感じたり感じなかったりしながらページをめくっている。「何か楽しいこと」「もっとおもしろいこと」「もっと素敵なこと」手袋を探し続けた向田邦子のように、私もいつもそれを追い求めている。
つまらなく思える自分の写真の中に、ひと際目立つ写真があった。写真は不思議なものだ。知らなかった自分がそこに写る。その写真の私はなんだかとても楽しそうに笑っている。「生きることを楽しむ心」それを忘れてはいけないと、自らの写真に気づかされた。この写真はあの本の中に収めたいと思った。一年をかけ撮り続ける写真はやがて、自分だけの一冊の写真集になる予定なのだ。数十年先の未来…。私がこの世を去り主の居ない私の部屋からその写真集を、例えば姪が見つける。家族には見せたことのない私の表情の数々に、姪は驚くかもしれない。しかし願わくば「ねーねにもこんなにきれいな時があったんだ」と、姪にはそう思ってほしい。その時、私はお空の上から言うつもりだ。「私もね、人生を楽しむことをやめなかったんだよ」
私の趣味は、他人には大きな声で言えないが、人生を楽しむ心を写真としてページに刻み続けることだ。その日々をこれからももっと楽しんでいこうと思う。
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この記事は、天狼院書店の「絶対麗度ライティング」にご参加の方が書いたものです。
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