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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:淋代朋美(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
娘が生まれた日に感じたのは、人生で最大の、絶望、だった。
 
羊水塞栓症。それが、出産時に私が発症した疾患の名前。
あとで知ったことだが、3万人に一例くらい起こると言われていて、現代の日本では、妊婦死亡原因の1位となる疾患らしい。
私の場合、出産時に約5リットルの血液が流れ出た。
ギリギリのところで命を助けてもらったから、今が、ある。
 
ねえ、誰が想像できる?
生まれてきた我が子を抱きしめることができないばかりか、顔を見ることもそばにいることもできない、この絶望を。
 
出産とは……。
世界で一番幸せな瞬間をイメージしていた。
望んで望んでやっと生まれてきてくれた我が子を抱きしめて、涙する。
「生まれてきてくれてありがとう」とキスをして、一生守っていくと決意する。
 
なのに、私は……。
輸血対応ができる病院に緊急搬送され、目が覚めた時には、何十本もの管に繋がれて、仰向けの状態に寝そべり、ベッドの上に起き上がることすら許されない。
体を少しでも動かせば、突き刺すような痛みが走った。
それが何の痛みなのかもわからない。
帝王切開の傷の痛み? 出血に伴う痛み?
10秒も喋ると、息苦しくなった。
私の体の中で、何が起きているのだろう。自分の意志で動かすことのできない体が、借り物のようだった。
 
コロナ禍で、家族との面会もできなかった。
娘は産院に残してきていた。当然ながら、娘とも面会はできない。
ただ、天井を眺めるだけの日々。
昼間寝てしまうのが怖かった。夜眠れなくなると、朝が来るまでが地獄のように長く感じたから。
 
私の体の中では、確実に異変が起きていたようだった。
腎臓が動くのをやめた。
腎臓が動かないと、血液をきれいにすることができない。私の体の中の血液は汚れたい放題だったようだ。
どうやら、出血時に、脳へ障害が出るのを避けるため、主治医が最大限頭部へ血液を送ることを優先した結果、下半身への血液は十分ではなく、腎臓に影響が出たとのことだ。
難しいことはよくわからないが、必死に私の未来を救おうとしてくれた結果なのだと思う。
 
ただ、毎日、「もう少し数値が悪くなるようなら、人工透析を考えます」と言われていたことが、さらに私を絶望へと追いやった。
 
医療に関することに造詣は深くないが、人工透析が大変なことだというのは知っている。私の知識では、毎日のように数時間の透析のために病院へ通う必要があるということ。
生まれたばかりの子供を抱えながら、そんな生活ができる?
いや、無理でしょ……。
 
私は、何度見ても変わり映えのしない天井を眺めながら、何度も何度も、体の中の血液がフィルターで濾されるようにきれいになっていくのをイメージしていた。
イメトレはそんな簡単に、かつ即効でできるものではないようだ。数日後に、私の透析治療が始まった。「人生、終わった」と思った。
 
正直……。死んだ方が良かった、と思った。
緊急搬送された時、麻酔で意識が遠のくその瞬間までのことを私ははっきり覚えている。あのまま意識が薄れて、もし死んでいたら……。
こんなに痛くもなく、苦しくもなく、辛くもなかったのに……。
こんなこと、思ってはいけないことかもしれないけれど、でも、そう思った。
 
娘はというと、出産時の心拍低下の影響もなく、ごくごくとミルクを飲み、泣いて、元気に過ごしているそうだった。
私たちの状況を鑑み、通常の入院期間(産後5日間)が過ぎても退院させずに、助産師さんがお世話をしてくれていた。
ただ、やはりコロナ禍で家族との面会はできなかったため、夫が毎日のように、産院へ足を運びスマホを渡して助産師さんに写真を撮ってもらい、それを現像して、私の病院へと運んでくれていた。
 
この写真と、夫が書いてくれる手紙を受け取ることだけが、毎日私の楽しみだった。
娘は、生まれたばかりなのに、髪がふさふさ。
私が写真を眺めていると、看護師さんたちが「見せて見せて〜。髪、長いね〜!」と言ってくれるのが、なんだか嬉しくて。
「ふさふさなんです〜」とこたえる時だけ、私は母になれている気がした。
でも、実際は、私は、この子の声も感触も重さも、何も知らない……。
私は、本当に、この子を産んだのだろうか。
娘は、私を、母と思ってくれるのだろうか。
 
生きている価値があるんだろうか……。
 
この絶望から救ってくれたのは、夫が書いてくれた便箋2枚分の手紙だった。
「生きていてほしい。
当たり前の日常が、どれほど大切なことか、わかった。
元気になって、また当たり前の日常を大切に生きよう」
毎日毎日、書いて、届けてくれた、この言葉だった。
 
私の命が危ないと言われた早朝、夫はどんな気持ちでその時間を過ごしたのだろう。
私がいない世界をどれほど覚悟したのだろう。
当たり前の日常を、当たり前に過ごしてきたことをどれほど後悔し、
どれほど涙を流したのだろう。
そして「生きてほしい」とどれほど願ったのだろう。
 
私は、生きたいと思った。
死ぬこと自体は、怖くない。
痛みもなく苦しみもない世界だとわかったから。
だけど、死んで大切な人を悲しませてしまうことだけは、怖い。怖い。死にたくない。
そう思った。
 
そこから私は、見事な快復を遂げ、透析治療からは離脱。
あの絶望的な出産日からちょうど1ヶ月で、娘のいる産院に転院できることになり、初めて娘を抱きしめた。
 
「かわいい〜……」だった。
娘を抱きしめて初めに出た言葉。
1ヶ月も会えなかったから、正直、自分の子供だとわかるかどうかすら不安だったし、かわいいと思えるかどうかもわからなかった。
「大きくなったよ」と言われていたので、ものすごく大きい赤ちゃんを想像していて、極限まで落ちた体力で抱っこできるのかも不安だった。
 
小さかった。かわいかった。全力で守ろうと思った。1ヶ月一緒にいられなかった分、未来に全部返していこうと思った。
 
この子と、夫のために、これから当たり前の毎日を大切に大切に生きていこうと、あらためて決意した日だ。
 
だから、私は、どんな日も毎日あなたたちを抱きしめ、どんな日も毎日「大好きだよ、宝物だよ、生まれてきてくれてありがとう」と伝えるのだ。
たとえ今日が最後の日であっても、私があなたたちを愛していたことを、あなたたちの中に溢れるほど残せるように。
 
 
 
 
***
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2024-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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