メディアグランプリ

ずっと楽しみだったゴールデンウィークの『全く予定のない日』を過ごして、私が気づいた大切なこと


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記事:K子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「じいじとばあばに、迷惑かけないようにね」
ご機嫌そうに手を振る娘2人に、車の外から少し厳しい『母』の声で伝えた。
「何かあったら連絡してね」
運転席に座る夫にも、良き『妻』として声をかけた。
 
百貨店の駐車場を出ていく車を見送って、私はひとり駅へと歩き始めた。
人通りの多い道中で、ニヤニヤと綻ぶ顔を真顔に保つのに苦労した。
 
今日私は、372日ぶりにたったひとりで夜を過ごすのだ。
 
 
私は、夫の『妻』であり、1歳と3歳の2人の娘をもつ『母』であり、外資系企業でマネージャーを務める『会社員』である。
私のスケジュール帳は、そのほとんどがこの3つの役割に紐づく予定でびっしりと埋まっている。
 
特に最悪なのは、子供達が体調を崩した時だ。
余白のないスケジュール帳はたちまち彼女たちを中心にかき乱されてしまう。
今年の4月に1歳になる次女は、安全地帯だった自宅を飛び出し、ついに保育園に通い始めた。そして案の定、あらゆる病気を自宅に持ち帰ってきた。
特にひどかったのは、一家全員に飛び火した胃腸炎だった。
子供達が回復して保育園に復帰しても、親はまだ数分に一度トイレにかけこむ状態だった。
それでも、子供達の看病で溜まった仕事は育休から職場復帰したばかりの私に自分のための休暇を取ることを許さなかった。
 
そんな疲れ果てた私の様子を見かねて、数日前に夫から夢のような提案があった。
ゴールデンウィークの2日間、子供達を連れて実家に泊まってくるというのだ。
保育園に入園しいよいよおっぱいの卒業を考え始めた次女に、おっぱい無しで夜を過ごすトレーニングが必要だという言い訳もあった。
 
もちろん両手を挙げて大賛成し、私の『全く予定のない、ゴールデンウィークの2日間』が決定したのだ。
 
ゴールデンウィークに入る前の数日間。
一昔前の言葉で言う『非リア充』な真っ白の休日のスケジュール帳を見て、私は何度恍惚とした顔でため息をついたことだろう。
まるでサンタクロースが来る日を指折り数えて待つ子供のような気持ちだった。
 
 
そしてついに、その日がやってきたのだ。
夫の両親といとこ達と恒例の食事会をしたあと、そのまま夫と子供達は車で実家へ移動することになった。
 
夫と子供達と別れた後、はやる足取りで自宅に向かった。
本当は百貨店の地下で思う存分お惣菜を買い漁ろうとしていたが、食事会でお腹いっぱいになってしまい断念した。
帰宅途中のコンビニで、レンジでチンして食べるラーメンと、小さい割にいい値段のケーキを買った。
 
帰宅すると、いつもは子供達の足音や泣き声が響き渡るリビングがしんとしていた。
この日のためにとYouTubeのプレイリストにためていた、動画の再生ボタンを押す。
子供用のアニメではない、私の趣味の動画が流れ始めた。
買ってきたラーメンを温め、冷めないうちに麺をすする。
夫の栄養や子供達の好き嫌いをふまえて作った手料理ではなく、私が今日食べたいという理由だけで選んだコンビニの品の味が胃に染み渡った。
 
『妻』でも『母』でも『会社員』でもない、『何者でもない私』の時間がひとりだけのリビングに流れていた。
 
 
YouTubeの動画のストックが底をついたとき、時計はもう0時に近かった。
唐突に、スマホにGoogleフォトからの通知が届いた。
このとき表示されたのは、まだ独身時代の私が撮った写真だった。
最近のスマホアプリは本当に優秀で、絶妙なタイミングでランダムに「あれから◯年」という、過去の今日撮った写真を表示してくれる機能があるのだ。
そこに写されていたのは、コンビニのカツ丼と、安くて大量に入っているスナック菓子の空き箱だった。
 
何をしていたんだろう、と記憶をたどると思い出したことがあった。
この年の私は、今日と同じように何も予定のないゴールデンウィークを過ごしていた。
転職した会社でうまくキャリアが築けず、結婚すると思い込んでいた年上の彼氏に振られた勢いで始めた結婚相談所では空振りばかりで、実家に帰省する元気すら出ずに横浜のアパートでひとりで夜を明かしていた。
お金が無いわけではなかったが、外に出るのが億劫で近所のコンビニで買った適当なものをひたすら胃に詰め込んで気持ち悪くなっていた。
『何者でもない私』がこの世に存在することが悲しくて、白紙のスケジュール帳を見ながら『誰かのものである私』になりたいと泣いた夜だった。
 
若き日の少し苦い思い出を噛みしめて、Googleフォトに映し出された数年前の私に伝えたくなった。
たった数年の月日で、私はあっという間に少なくとも3つの役割を毎日担う忙しい大人になり、白紙のスケジュール帳に小躍りするような日がやってきたよ、と。
 
そして一方で、気付いたことがあった。
日々やらなければいけないことに追われ、誰かから求められることに疲れているこの日々は、数年前の私が泣くほど欲しいと憧れていた生活だったのだ。
 
『全く予定のない、ゴールデンウィークの2日間』は、私に今の生活の尊さを教えてくれる大切な時間になった。
 
 
 
その晩、夜泣きのひどい次女と離れ一人で寝た私は372日ぶりに8時間ぶっ通しで眠ることができた。
翌朝は曇り空だったが、私の頭は驚くほどすっきりしていた。
 
昼過ぎに子供達を連れて夫が帰宅した。
 
「泣いたけど、トントンしてたらちゃんと寝たよ」
 
産まれて初めて母のいない夜を過ごした次女は、なんだかたくましい顔をして見えた。
 
 
 
4月30日、火曜日。
ゴールデンウィークの中日の平日。
また今日も、予定がびっしりの1日がはじまる。
でも、誰かに求められることの嬉しさに気づいた私の心は晴れやかだった。
 
 
今置かれている状況が辛い人は、一度過去の写真や日記を振り返ってみるのはいかがだろうか。
辛いと感じている今のあなたは、もしかするといつかのあなたがなりたいと願った姿をしているかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2024-05-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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