メディアグランプリ

届いた暑中見舞い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松本信子(ライティング・ゼミ6月コース)

ポストに1枚の葉書きが届いていた。
今どき珍しい手書きで、差し出し人には知らない名前が書いてあった。
差出人住所を見て驚いた。
以前住んでいた場所だったからだ。
住んでいたところと言っても、子供時代だ。
転勤族の父について回った子供時代なので、3年ほどしか住んでいない。
それに数十年ほど前のことでもある。
そこから何回も引っ越しをし、私は苗字も変わっている。
地域との深いつながりも友人もいない。
裏には、暑中御見舞の型通りの文字が印刷されているだけだった。

なぜ私の今の名前や住所がわかったのか。気持ち悪くなったと共に、疑問も湧いてきた。
冷静に考えて、不動産絡みの税金関係かなとも思った。
でも差出人が個人名では考えにくい。
数少ない昔の友人を思い出そうとしてもみたが、何も出てこない。
もやもやとした気持ちだけが残った。
結局、そのままカバンの奥にしまい込み、すっかり忘れてしまっていた。
1週間ほど過ぎた頃、携帯を取り出そうとカバンに手を入れると、固い紙が手に触れた。
あのハガキだった。引っ張りだして、しげしげと眺めた。
気になってしかたない。
行ってみるか。

そこに行くには、新幹線と在来線を乗り継いで半日くらいは必要だ。
会社を休む必要がある。
だが気がつくと、私は会社に休みの申請を出し、いそいそと準備を始めていた。
自身の好奇心には抗えなかったようだ。

新幹線、在来線を乗り継ぎ、バスに乗った。
バス停からは、昔の記憶を頼りに急な坂道を登る。
あちこち変わってはいたが、地形や道路は同じで、住宅街の雰囲気は当時のままだった。
夏の陽射しは強く、青空には、むくむくと入道雲が広がっている。
山の斜面を切り開いて作った住宅街は、草と土の匂いが入り混じり、湿度と暑さで足元からもわっとした空気が上がってくる。
草木の多い細い坂道は、日傘をさしていても半端ない熱気だ。
蝉の声が、上からわんわんと降ってくる。
しばらく歩くと、友人の家があった。家の中には人の気配がある。誰か住んでいるのだろう。
彼女の兄弟か、それか彼女自身か。ちょっと懐かしい気持ちになった。

もう少し坂道を上がると私が昔住んでいた家があるはずだった。
あった。
表札のついた門柱の周りは、以前は高い塀が続いていたが、一部取り壊されて車が置いてある。道に面した昔の私の部屋は改装されて、中から幼い子供とお母さんらしい声がのんびりと聞こえていた。
何か、ほっとした。

そして何気なく表札をみた。
「ん?」
葉書きと違う苗字だった。どういうことだろう。
あの葉書きはどこから来たのだろう。しばらく表札を眺めていた。
ピンポンして聞こうかと思ったが、いきなり葉書きの話をしても、不審者としか思われないだろうし。これ以上どうすることもできず。
真相はわからないが、こんなにのどかな家と、あの葉書きは、無関係に違いないと、自分を納得させることにした。
あっけない結末だった。

せっかくここまで来たので、少しこの周りを歩いてみようと思った。
ここに住んでいた頃、大型の犬を飼っており、毎日夕方になると散歩に連れ出していた。
その時の散歩コースを歩いてみようと思った。
コースは、更に山手に向かって歩くことになる。
歩いてみると、あの頃から開発が進んでいないようで、風景は当時のままだった。
正確には、当時の樹木が、さらに年月を経て、うっそうと生い茂り道を塞ぐほど大きく成長していた。
コースの半分くらいをきたところで、急に空が暗くなったのに気が付いた。
先ほどまであれほど鳴いていた蝉の声が止んでいる。
突然、雷鳴が轟いた。同時に大粒の雨がばらばらと落ちてきた。
それは一瞬にして滝のような土砂降りになった。
あいにく私は日傘しかもっておらず、慌てて雨宿りできる場所を探したが、山道ともあってどこにも見当たらない。
呆然としていると、前方にこんもりとした森が見えた。
あの木の下行って、雨宿りをしよう。私はそう思い走り出した。
そこは大きな木々が重なっていて、木の下までは激しい雨粒が落ちてこない。
暫くここにいようと思った。
濡れた髪をタオルで拭いていると、だんだんと目が慣れてきた。
そうだ。ここは墓地だった。
子供の頃、この道は昼間でも薄暗く、なんだか怖くて、毎回小走りに駆け抜けたっけ。
古い墓石は面倒をみる人もおらず、倒れているものもたくさんある。

その時だった。
閃光のように記憶が蘇ってきた。
散歩に出たある日の夕方、散歩道から突然犬が墓石の方に走りこんだのだ。
慌てた私は、一生懸命リードを引っ張ったのだが、大型犬の力は強く、墓石の方にずるずると引きずられた。
それでも力いっぱいリードを引っ張っていると、やっと犬は道にもどってきた。
その瞬間、ぐらりと墓石が傾いてゆっくり倒れるのが見えた。リードが墓石に回り込んだのだ。
かなり昔の小さな苔むした墓石だった。
私は、元に戻そうと必死になった。
しかし、墓石は、小さくても重くて、びくともしないし、一年中乾くことのない地面は、苔が群生していて、墓石の表面は、ぬるぬるとしていて手が滑るばかりだった。
暫く奮闘した私だったが、夕方の空は夜に向かい、街灯もない道は真っ暗になり、どろどろの手でリードをつかむと夢中で走って帰ったのだった。怖くて誰にも話せなかった。
そんな記憶を辿っていた瞬間、左の方に紐のようなものが見えた。
するすると動いている。
あの時と同じだ!
体を貫く恐怖が教えてくれた。
それからしばらく記憶が途切れた。

気が付くと雨はすっかり上がっている。
蝉は何事もなかったかのように鳴いており、全身ずぶぬれになった私だけが取り残されていた。
私は暫く立ち尽くしていたが、気を取り直して、帰路についた。
びしょ濡れだった髪も体も服も靴も、強い陽射しでバス停につく間に乾いてしまった。

あの時に何が起こったのかはいまだにわからない。
動いていた紐のようなものは何だったのだろう。
墓石が私を呼び寄せたのだろうか。葉書きの差出人もわからないままだ。

ポストに届いた暑中見舞いは、深く折りたたまれていた記憶を、私に呼び戻した。
そして雨の墓地での出来事は、不思議な時間に私を迷い込ませた。
葉書きは時間の軸を超えて、私のところにやってきたことだけはわかる。
私はまだ大事な何かを見落としているのかもしれない。
今年の夏は長くなりそうである。

***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



2024-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事