元「病人様」が贈る唐揚げ君へのプレゼント
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:かたせひとみ(ライティング・ゼミ6月コース)
「か、か、唐揚げ?」
予想外の回答に、私はしばらく次の言葉が出なかった。石鹸とか森林とかレモンとか、他にも選択肢はあるじゃないか……。
私は、玄関に芳香剤を置こうと夫に相談していた。私の問いかけに夫からの返事はそっけないものだった。
「芳香剤? いらねーよ。何で必要なの?」
「な、な、何でって……。玄関開けた時に、いい香りがしたら幸せな気分になるじゃないの」
「そお?」
「じゃあ、想像してみて。帰ってきて玄関を開けます。どんな香りがしたら幸せな気分になりますか?」
「唐揚げだね」夫はきっぱりと言い切った。
カ・ラ・ア・ゲ……。
いくら唐揚げ大好きの「唐揚げ君」(夫)とはいえ、この話題にその単語を出す? およそふさわしくない、いや絶対登場する単語ではない。しかし夫の言葉に一切の迷いはなかった。
呆れる一方で、ふと私は夫の希望を叶えてあげたいと思った。
それは……。
以前、私は原因不明の慢性痛に悩まされていた。いろんな病院で診てもらったが一向に良くならない。このままずっと治らなかったらどうしよう……と、不安な毎日を送っていた。悩みが募るあまり不眠症にもなり、笑うこともすっかりなくなった。やがて私の顔はまるで能面のように無表情になった。
しかし、外では「痛くない健康な私」を演じていた。内側ではいつ事切れてもおかしくないと思うほどの強い痛みに耐えつつ、必死で笑顔を作っていた。会社で一日座っているだけでも辛いのに、仕事は次々と押し寄せてくる。やっとの思いで一日を終えて家に帰ると、無事に帰って来れたことにホッとして、緊張の糸がプツンと切れた。
そして「どうして私だけがこんな目に……」という思いが沸き上がり、玄関で崩れ落ちるようにして声をあげて泣いたこともあった。
外に出ると他の人がみんな痛みのない健康で幸せな人に見え、自分が酷くみじめに思えた。誰にも会いたくない。私は徐々に仕事以外の外出を避け、家に籠るようになった。
痛くて辛くて、本当に死にたいと思った。人生に絶望し、気づけばネットで自殺の方法を検索していたこともあった。夫にもよく「死にたい」「死んでしまいたい」と漏らしていた。
そんな私に夫は、ソファに寝転んでスマホを見ながら「ふーん、そうだなんだ。でも、生きてたら良いことあるかもしれないよ」と、淡々と受け流す。どこか他人事のような態度の夫に苛立ちを覚え、「痛みがない人はいいよね! 私は毎日が地獄なの!」と感情をぶつけていた。
しばらくして、私は友達と会うために久しぶりに出かけてみることにした。楽しいことをして、痛みとは別の方向に意識を向けるのが良いと聞いたからだ。うまく行かないかもしれないが、とにかく何でもやってみようと思った。
友達との時間はとても楽しく、気づけば痛みのことも忘れて笑っていた。
「ただいまー!」
「お帰り」
「聞いて聞いて! すっごく楽しかったー! 〇〇さんがね……」
楽しかった今日の話を伝えようとしたが、夫はうつむいて黙っている。
あれ?
よく見ると夫は肩を震わせて泣いていた。絞り出すような声で「良かった。良かった」と何度も繰り返し、嗚咽を漏らしている。私は、夫がなぜ泣いているのかわからず戸惑った。
夫は鼻をすすりながら、言葉を絞り出した。
「こんなに楽しそうに笑ってるの、久しぶりに見たから……。本当に良かった」
彼は、私が途中で痛みに耐えきれず帰ってくるのではないかと、ずっと心配していたらしい。もしそうなれば、意気込みが強かった分だけ、きっと深く傷つき、悲しい思いをするだろうと。そんな中、久しぶりに明るい笑顔で帰ってきた私を見て、心から安堵し、嬉しかったのだという。
私は夫の涙を見て思った。
ああ、この人も私と同じように、いや、それ以上に不安で辛かったのだ。ずっと苦しんでいたのだ。私は自分の感情を夫にぶつけてばかりだったけれど、夫は弱っている私にそれを返すことなどできるはずもない。誰にも言えず、平気なふりをしながら、一人でずっと不安や辛さを抱え込んでいたのだ。
何度も「死にたい」と言う私の言葉を、夫はどんな思いで聞いていたのだろう。私を興奮させないように「生きてたら、良いことあるかもしれないよ」と受け流しながらも、その裏でどれほど複雑な心境だったのだろう。
私を置いて出かけるたびに、「もしかして……」という不安が頭をよぎることもあったという。「まさか自殺なんてするはずない」と思い直しながらも、嫌な想像が膨らんでしまう。急いで帰って、私の姿を見てホッと胸を撫で下ろしたことも、一度や二度ではなかったそうだ。
しかし、夫はそんなそぶりを一切見せず、いつもと変わらない様子で私に接していた。
ああ、私は「病人」であることに甘え、まるで「病人様」のようにふんぞり返っていたのだと気づいた。病気を理由に甘え腐り、家族には何をしても許されると勘違いしていた。自分の感情や苦しみばかりを優先し、いつも暗い顔をして夫に愚痴をこぼし続け、「死にたい」とまで言って、彼をどれほど不安にさせたことか。
悲劇のヒロインを演じることで、家族を支配し、さらにはその不幸を伝染させていた。一番大切な人に、こんなにも大きな苦しみを与えていたなんて……。
痛みがなかった頃と変わりなく自分の役割を果たすことが夫に負担をかけない一番の方法だと思っていた。だから痛くても仕事や家事を普段通りにこなした。しかし、それは大きな誤解だった。夫が望んでいたのはそんなことではなく、私の笑顔、ただそれだけだったのだ。なんにもわかっていなかったな……。私は夫の肩をさすりながら、「ごめんね、ごめんね」と何度もつぶやいた。
優しい夫に何かお返しがしたいと思っていた。もちろん、彼は「いらないよ」と言って、何も望まないだろう。でも、ふふふ、さっき「唐揚げの香り」って言ってたな。
唐揚げの芳香剤を「じゃーん! あったよー!」と見せて、「えーー!」と笑い合う。そんな小さな喜びを、夫にお返しして一緒に笑いたかった。
しかし、唐揚げの芳香剤は簡単には見つからなかった。企画したところで却下されるよなぁ……と諦めかけた時、なんと、唐揚げの香りの入浴剤と線香が見つかったのだ!
唐揚げ好きしか欲しがらない、いや、唐揚げ好きでも敬遠しそうな商品だが、世の中にはニッチな市場がちゃんと存在すると知った。いずれ、芳香剤が発売される日もそう遠くないかもしれない。
夫、いつかプレゼントするからお楽しみに! それまでは本物の唐揚げで香りを楽しんでね。
***
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