15年の引き算
*この記事は、「絶対麗度ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:伊藤美那(絶対麗度ライティング)
お稽古場につき、身の回りを整える。器に水を満たしたら、部屋の後方から新聞紙に包まれた一束を持って席に戻る。
さて、今日はどんな子だろう。
何年お稽古を続けても【今日のお相手】と顔を合わせるタイミングでは不思議な緊張とトキメキがある。
生け花のお稽古を始めたのは今から15年以上前。新卒で入った会社を辞めたすぐ後だった。何が嫌だったのかも辛かったのかも、今となってはもう思い出せない。ただ、毎日が辛くて体が重くて、全てが苦痛だった。普通なら徒歩7分程度の最寄駅からの帰り道。それが歩き通せずに休み休み20分ほどかかっていることに気づいた時、発作のように『辞めよう』と決意した。
そこからの動きは我ながら早かった。必死で転職活動をして次の職場を決め、金曜日に前の会社を辞めて2日後の月曜日から新しい会社に出勤するという慌ただしさ。少しはゆっくりしたら?という周囲の声も耳に入らず、ひたすら前のめりに動いていた。
そんな時、ふと生け花を始めようと思った。
特別お花が好きなわけでも日本文化に関心があったわけでもない。ただ、お家元(当時はまだ次期家元でしたが)がお花を活け上げるその手つき。シンプルで気品のある所作を見て、こういう時間を持ちたいという強い衝動が芽生えた。
熱しやすく冷めにくい性格の私はそれからずっと、時にサボったり怠けたりしながらゆっくりとお花との付き合いを続けている。
フラワーアレンジメントと生け花の違いは? とよく質問されることがある。
流派によっても考えは違うだろうし、お家元の説明を正確に理解できているかは心許ないが、私はこう答えることにしている。
『お花を敷き詰めて【面】を作るのがフラワーアレンジメント。必要最低限の枝だけを残して【線】を見せるのが生け花』
『咲き誇るお花の盛りを見ていただくのがフラワーアレンジメント。蕾から散るまでの過程を楽しんでいただくのが生け花』
つまり、盛るのではなく引き算の美学。そこに自分の主張や美学は必要ない。花一輪、枝一本。それ自体の美しさに従うだけ。
お花の包みを開くと、それぞれの枝を手に持ってあらゆる角度から眺める。どの枝をどこにどんな風に使うのか。この子の一番魅力的な部分はどこにあるのか。季節によって、毎年同じ種類の花材を扱うことはある。けれど、全く同じ枝なんて存在しない。毎回、初めましての気持ちで向き合い接していく。
衝動的に動くクセに小心者の私は、なかなか決断ができずに迷い続ける。枝を手にとっては戻し、鋏を持っては躊躇う。
ようやく覚悟を決めて、枝を切り落とす。ジャキン、という鋏の音。もう引き返せない、そう思うと自分の決断で良かったのかと、また迷いが生じてくる。
一度切り落とした葉っぱは戻せないという事実に、枝葉を掃除する手が鈍る。ついつい、多めに残したくなる自分の弱さを振り切り、一心に取り組む時間。極限までそぎ落とし、枝の一本・葉の一枚までもが意味を持つ状態に整えていく。
そして体(たい)と呼ばれる一番中心の枝を入れる瞬間。呼吸を整え姿勢を正す。作品全体のいわば背骨となる大切な枝を入れるこの時ばかりは、何も考えたくない。上手く活けたいなんて雑念が一瞬でも生じたら、途端に枝はバランスを崩し決して留まらなくなってしまう。
たとえ室内でも太陽の光をイメージし、決して俯くことなく顔を上げた花姿を目指していく。床の間に飾られるような小さな作品でも、自然との繋がりや無限の大きさを感じることができるように。
そうして長い時間をかけて活け上げた作品は、他流から見れば地味で質素かもしれない。けれどそこには、私の求める美しさが確かに潜んでいる。
真っすぐに、伸びやかに、凛として。
もちろん、華やかで可憐なフラワーアレンジメントも美しいと思う。でもやっぱり私には、生け花の考え方が合っている気がする。
初めは蕾がちに活け、満開を迎えてから散るまで、時には朽ちるまで。その時々の美しさがあり、趣がある。そんな時間経過を眺めていると、人は何歳になっても美しくいられると背中を支えられる気がする。
常に太陽を目指して顔を上げる姿には、辛いことがあっても前を向く強さを教えられる。
そして何より引き算の美学。自分を飾り立て盛り立てることばかりでなく、自分自身の本質、自分だけの魅力に向き合うことの大切さ。
15年以上に渡って、お花を通じて難しい引き算に挑み続けた結果が今の自分なのだから。
毎月恒例の撮影。漫然と流れでカメラの前に立ちそうになるその前に。すっくと伸びた中心の枝や、光を感じる姿を自分のうちに描く。
背筋を伸ばし顔を上げて、自分だけの美しさを信じていく。
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この記事は、天狼院書店の「絶対麗度ライティング」にご参加の方が書いたものです。
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