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猫は冬場の実家の布団だった件


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記事:punneko(ライティング・ゼミ9月コース)

 
 

今年3月に、
21年間を家族として過ごしてくれた猫が虹の橋を渡った。
そこから私の人生の中でほぼ初めて、
猫のいない生活が始まった。
 
私の猫との生活歴は長い。
小学校3年生の時、私のクリスマスプレゼントとして
我が家に来た猫が19年生き、
その後ペットショップで売れ残っていた姉妹猫2匹、
冬場に車のエンジンルームに潜んでいた兄弟猫2匹を保護して
4匹の多頭飼いを経験した。
 
今年3月に亡くなったのはその中の最後の1匹だった。
そこからの半年を経てみて今、
猫生活は、冬場の実家の布団みたいだ、と思う。
 
実家は都内だけれど、
木造建築の冬の朝は、とてつもなく寒かった。
はだしでうろうろしていると、
若くてもかかとにひび割れができるくらい底冷えするフローリング。
廊下の体感は冷蔵庫のようだった。
布団の中の温度と外の温度が違いすぎて
少しのスキマも作らないようにミノムシみたいに布団にくるまっていた。
早く布団から出て支度しなくてはいけないとわかっているのに
出た瞬間の寒さが嫌でいつまでもいつまでもとどまっていたかった。
あの感じに、猫のいる生活は似ている。
 
猫のあのふわふわでやわらかく、
あたたかい体がシンプルに布団みたいで
いつまでもぬくぬくを味わっていたい、という物理的なこともそうなのだけれど、
猫のいる生活はあまりにも居心地が良すぎて
どうしても出かけるのが億劫になる。
いつまでもいつまでも猫と共に家にとどまりたくなる。
仕事も、
友人と出かけるのも、
行かなくていいなら行かなくていいかなと思ってしまうほどに。
 
その居心地の良さを失うことが私の長年の恐怖だった。
最後の猫が私のもとからいなくなってしまったら、
またすぐにその心地の良さを求めて猫を飼いたくなるだろうな、と思っていた。
 
でも「死」という
どうにもできない理由でいやおうなく引き離され、
悲しみぬいた半年を経て
気づいたことがある。
さみしさや恋焦がれる気持ちは確かにある。
でも、今まで味わったことがないくらい身軽だと言うこと。
 
今までは猫がいるから、
旅も最小限だったし計画には入念な段取りが必要だった。
いつか起こるかもしれない震災のために、
猫砂や猫缶などの生活必需品のローリングストックを欠かさなかった。
避難所生活のときに困らないように、
普段は絶対使うことがない大き目のケージも用意してあった。
猫の毛が目立つから、という理由で、
割と似合うのに黒い服や猫の爪がひっかかりやすいレース素材の服は避けていた。
布製のものは、家具も服も、猫の毛がつきにくいつるつるした素材に限る。
家具は藤の家具やコルクの床などもってのほか。
猫が爪とぎをしてすぐぼろぼろになる。
晩年に通っていた動物病院の時間・金銭的負担も、結構なインパクトだった。
そんな制約が、猫がいなくなかったことで、なくなった。
 
幼少期からずっと猫がいる生活だったから、
気づかなかった、自由がそこにはあった。
冬場に、
出たくないと渋っていた布団から出てみると、
意外と楽しい一日が待っていたあの感じ。
 
家を長期間あけてでも
自分の都合さえつけば
国内、国外問わず行きたい場所に思いついたタイミングで行き、
はじめましての人たちとの会話を存分に楽しんで
見たことのなかった景色を見て、
知らなかった文化を知って
会いたい人に会い。
細胞が、生まれ変わるような感じ。
 
家の中も、
スペースの大半を侵食していた
猫タワーや猫トイレをはじめとした大量の猫グッズを手放し、
猫の毛がつくからと避けていた布製品の家具を新調して
ボロボロだったカーテンをかけかえ。
黒いワンピースもニットレースの服も、気分に合わせて着られる。
 
あんなに出るのを嫌がっていたけれど、
意外と外の世界も楽しかった、を今味わっている。
こんなにこんなに、身軽で自由で楽しい世界だったなんて。
 
春が来てもまた冬がめぐってくるように、
またいつか、猫のいる生活が恋しくなる日が来るんだろう。
愛くるしい瞳と語り合い、
じゃらしたりじゃらされたりして遊び、
やわらかくてしなやかな体を抱いて
ふわふわの毛触りに癒される……
猫に吸い寄せられて引きこもりがちになるあの日々を
渇望してしまう日が来るんだろう。
猫好きの宿命のようなものなので、
これはもうどうしようもない。
 
その時はまた、あの不自由さも甘んじて受け入れよう。
猫の毛が目立たないように服の色を替えて家具を替えて、
時間や金銭的な制約ごと楽しもう。
だから今はもう少しだけ、この自由を抱きしめていよう。
また布団に戻る、その日まで。
 
 
 
 
***
 
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2024-10-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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