苦労や我慢は諸悪の根源
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記事:田辺 哲(ライティング・ゼミ9月コース)
学生時代、大学院の博士課程に進学されたとある女性の大先輩から聞いた話である。
その大学院では、長らく女性の研究者や院生が決して良いとは言えない研究環境下に置かれ、男性の研究者や院生と比べても恵まれていないような状態が長く続いていたそうだ。
そこで、女性の院生・研究者の待遇を少しでも改善していこうという提案が出されたのだという。
ところがその時、意外なところから反対の声が上がった。
何と、その大先輩よりさらに先輩である筈の、同じ女性の研究者たちからだったというのだ。曰く、
「私たちが今まであんなに必死に、もの凄く苦労してきたのに、何故後から来ただけの子たちが、自分たちよりラクをするのか!? そんなもの不公平だ! 納得できない!」
ということだったらしい。
「本当に……人間が小さいというか、何というか……腹が立つし、同じ女として情けなくなってくる」
っと、その大先輩はたいそう憤慨しておられた。
私は以前から思うのだが。
多くの日本人によって、美徳のように思われている「苦労」や「我慢」だが。
私はこの2つが、必ずしも美徳であるとは限らないし、また必ずしも人を成長させるものであるとは限らないと思う。
何故ならば、長期にわたって、自分が望んだわけでもない、また納得もできていないような苦労や我慢を強いられ続けてきた人はしばしば、
「自分がこんなに苦労や我慢しているのに、他の人は自分より楽や得をしてずるい、不公平だ」
などという僻み根性や被害者意識を抱くようになるからだ。
そして、自分以外の他者が自分よりもラクしようとするのを許せず、同じかそれ以上の苦労や我慢をさせようとしてくる。
他人の幸福追求すら許せなくなり、世の中を少しでも良くしようとする動きの足を引っ張ろうともしてくる。
これまでの人生を振り返ってみれば私は、子供の頃から、このような人たちを実にたくさん、それこそもううんざりするほど見てきたように思う。
自分が受けてきたいじめや暴力を、より弱い相手にしてくる元いじめられっ子。
新人や若い子たちをいびったり、しごいたりするのをやめられないパート古株のおじさん・おばさん。
自分たちが上級生からされてきた理不尽なしごきや体罰を下級生にもしてくる体育会系部活やサークルの部員たち。
自分が若い頃に姑から受けた同じような仕打ちを、自分が姑の立場になったら息子のお嫁さんにする女性。
自分も子供の頃同じことをされたからって、教育虐待とも言える過剰な勉強や習い事漬けを自分の子供に強いている親。
その他、モラハラやパワハラ、DVなど他者への暴力や虐待行為の加害者とか。
その他様々な立場やタイプの、他人につらく当たる人たちや、他人に理不尽な苦労や我慢を強いたがるような人たちを、本当にたくさん見てきたし、その内の何人かとは実際に話したこともある。
その結果、これらの人たちには共通点があることに気付いた。
そのいずれもが、その中のほぼ全ての人たちが、
「自分たちは損して、苦労しているのに」
「その割には評価されていない」
「それに対して、自分よりラクして、得しているヤツが居て、不公平だし許せない」
などというやり場の無い僻み根性というか、被害者意識を抱いていたということである。
自分より不当に得をしてラクをしていると考える、より弱い叩きやすい相手を、そのはけ口にしようとする。
その被害者意識を理由に、自分たちの行為を正当化しようともする。
そのようになってしまうのは結局、本人たち自身も、その苦労や我慢をしなければならなかったことに本当のところは納得していないからだろう。
本当に本人たちが心から納得した苦労や我慢ならば、他人がどうであろうとも、比較しておかしな被害者意識や怒りを抱くことも無い筈だろうから。
冒頭で私は、苦労や我慢は必ずしも美徳ではない、また必ずしも人を成長させるものであるとは限らない、と言ったが。
こうして見ると、本人が望まない、納得できない苦労や我慢を強いることは、実に多くの人間を、様々な形で歪めてきたように思える。
苦労や我慢は諸悪の根源とも言えるのではないか。
勿論、現実には苦労や我慢が必要な場合もあるだろう。
しかしその場合も、それが本人たちの納得できるものであるかどうかが問題だろう。
最悪なのは、苦労や我慢することが美化されすぎて、それらが自己目的化しているような場合である。
それこそ、理不尽な我慢や苦労を押しつけ合い、被害者意識や他人への不寛容を再生産し続けるだけの負のループに陥るだけだろう。
結局、人間というものは決して強くはないものであるから、自分自身に優しく寛容でなければ、他者に対しても優しく寛容になれないのだろう。
この国の社会をより優しく、寛容で、生きやすい社会にする為にも。
まずは不寛容の再生産をするだけの理不尽な苦労や我慢の美化をもう終わりにしてほしい。
***
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