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じゃあなんでそう言ったの?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:あき(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

さっき幼稚園に送っていったと思ったら、もうお迎えの時間だ。取り込んだばかりの洗濯物を急いで片付けようとした時、真帆が嬉しそうに洗濯物をたたむ姿が浮かんだ。手を止め、そのままにして玄関に向かう。
 
真帆は、洗濯物たたみが好きだ。私には無機質な布の山としか思えない洗濯物を、「はい次はパパのTシャツで〜す」などと楽しそうに実況中継しながら、たたんでいる。折り紙にはそれほど興味を示さないのに、器用にパジャマの袖を揃えたり、靴下をくるっと丸めたりする。
 
ついこの間までは、「ママとやる」と、何でも一緒にしたがっていた。小さな手でおたまを掴み、真剣な表情で鍋に味噌を溶かし入れる我が子の成長に感動したものだ。なのに、「ママと」の時期はあっという間に過ぎ、現在は「真帆が一人でやる」ブームの真っ只中。洗濯物たたみに加え、豆の筋取りやゆで卵の殻剥きなどを任せている。ただ、隣で包丁を使う私への「ママだけずるい」という鋭い視線を感じるので、週末に子供用の包丁を買いに行こうと思う。最初に切るのは、やはりキュウリだろうか。
 
そんなことを考えていたら、あっという間に幼稚園に着いた。
真帆が駆け寄ってくる姿を見て、今日も楽しく過ごせたようだと安堵する。
 
「毎日幼稚園で何があったか、ママに聞かせてね」の約束を律儀に守り、手をつないで帰る家までの10分間に、あれもこれも報告してくれる。
 
「…… それでね、明日から幼稚園には行かないの」
 
「え!?」
 
真帆の声のトーンが、その直前の「みわちゃんと輪投げしたの」と同じだったので、危うく聞き逃すところだった。
 
「だからね、林先生が、『もう来なくていい』って。ずっとママとおうちにいられるの!」
 
足を止めて娘の顔を見るが、動揺は見られない。
 
でも、真顔で幼稚園をクビになったなどというハードな内容を伝えられた私は、当然動揺した。
 
「ちょっと幼稚園に戻ろう」
 
方向を変えると、
 
「先生、本当にそう言ったよ。真帆、ちゃんと聞いたもん」と、抵抗する。
 
ママが先生にお話しすることがあるからとなだめて、何とか幼稚園まで連れ帰り、林先生に真帆の話を伝える間、娘は期待に満ちた顔で、先生を見上げている。「間違いありませんよ。真帆ちゃんは、ちゃんと先生の話を聞いて、偉いですね」と、褒めてもらうのを待っているように。
 
先生の顔がみるみる赤くなり、「あの、それは……」と、頬に手を当てて、恥ずかしそうに話し始めた。
 
「帰りの会の時、真帆ちゃんを含め、何人か見当たらなかったので、探しに出たんです。そうしたら……」
 
先生の指差す方には、雨どいが見える。
 
「あの下で、口を開けて、落ちてくる水を受けていたので、思わず『何やってるの! そんな子は、明日から幼稚園に来なくていいです!』って……」
 
自分の言葉を思い出して、また赤くなった先生が、「もちろん本気で言ったわけじゃないんです」と急いで付け加えた。
 
「ごめんなさいね、真帆ちゃん。先生はそういうつもりで言ったんじゃないのよ。だから、明日も幼稚園に来てね」と、先生は真帆に一生懸命笑いかけた。
 
本日2回目の帰り道、幼稚園をクビになった訳ではないことと、先生の慌てぶりが可愛くて、私は笑い出しそうになるのを堪えていた。今晩夫に話したらウケるだろうなんて考えながら、のんきに
 
「明日も幼稚園に行けるって。よかったね」
 
と、話しかけたが、返事がない。嬉しくないの? と聞くと、
 
つないだ手をブンブン振りながら、「だって、先生、本当にそう言ったもん!」と口をとがらせる。私が何も言わずに待つと、真帆はさらに不満げに顔を膨らませた。
 
そうか、我が娘は納得していない。そして、言いたいことをうまく言葉にできずに、イラついている。もしももっと自由に言葉を操れたら、彼女の言い分はこんな感じだろう。
 
先生は確かに「幼稚園に来なくていい」って言ったのに、それがどうして「雨どいのお水を飲んではいけません」の意味になるの?
 
真帆にとって、先生の言葉はそのまま受け取るものだった。だからこそ、疑いようのない事実だったのだ。
 
言葉は本当に難しい。言ったことと伝えたいことは必ずしも一致しない。コミュニケーションツールとしては、実に不完全な言葉。言葉を使いこなすのは、豆の筋取りよりも、はるかに複雑で奥深い。
 
「真帆は悪くないよ。ちゃんと林先生が言ったこと教えてくれたから、ママ助かっちゃった。ありがとう」
 
と言うと、少しは気が収まったのか、小さく「うん」と返事した。
 
「今日のおやつは真帆の好きなプリン作ったよ。プリン食べたら、お洗濯物たたんでくれる?」のちゃっかりしたお願いには、さらに機嫌よく「いいよ!」と返事が返ってきた。好物に弱く、切り替えの早いのには助かる。
 
この子が大人の言葉の裏を知るのはいつだろう。案外早いのかもしれない。キュウリの薄切りが出来るようになるのとどっちが先かな。言葉をそのまま受け止め、言葉と意味のすれ違いに、小さく傷ついた今日のまっすぐな娘。その成長を愛おしい気持ちで見守るのが、親の私の務めなのだろう。
 
いつか、大人になった真帆に、今日の話をしてあげよう。「そんなことあったんだ!」と笑うその顔が、今日と同じまっすぐなものであってほしい。

 
 
 
 
***

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2024-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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