SPの悲喜劇を産んだ異国のプリンス
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:森 きこ(ライティング・ゼミ11月コース)
「これから皇太子が来るから、今からこっち来ない?」
……は?
思わず耳を疑う言葉に、さっきまで閉じかかっていた私の目は一気に覚めた。
それは、ニ年前の秋、安倍元首相の国葬が行われた日の夜のことだった。
その日は、町中にパトカーや警護車両がひしめき、物々しい雰囲気に包まれていた。
けれど、国の要人でもなんでもない私は、いつものようにそそくさと家に帰りベットに横たわっていた。
衝撃的な人物との出会いをもたらした、一本の電話がかかって来たのは、この時だ。
電話の相手は、いつもお世話になっている、某企業の会長さんだ。
「みきちゃん。今何している?」
「寝ようと思っていました。どうしたんですか?」
すると会長さんは、興奮した様子でこう切り出した。
なんでも、共通の知り合いである、あんりさんと言う女性が経営しているバーに、国葬の為来日したある王国の皇太子等が、急遽遊びに来ることになったのだという(その国名はあえて伏せさせていただく)。
恐縮な事に、会長さんは私に通訳と接待をお願いしたいと言ってきた。
もちろん、こんな面白い事を逃す訳にはいかない。
相手は、皇太子だ。
いわゆる「プリンス」だ。
無謀な挑戦だと分かってはいたが、私は急いで支度をしてお店に向かった。
店の前に着くと、そこはすでにパトカーと黒塗りの警察車両で溢れかえっていた。
入り口のエレベーター前には、口を無一文に結んだスーツ姿のSP四人が、手を前に組んで立っている。
道ゆく人たちは、何事かとその様子を振り返った。
その度に見せる「近寄るな」と言わんばかりの圧がすごかった。
この光景を見た時にようやく、私はとんでもない人物に会おうとしている事を実感した。
「呼ばれて来ました」と恐る恐る声をかけると、一人のSPが鋭い目で私を見て「お名前は?」と聞いてきた。
緊張で早く鳴る心臓を抑えながら、自分の名前を丁寧に伝える。
すると強面SPはインカムのマイクに向かって何やら報告し始めた。
確認が取れたのか、「IDの提示を」と言われ、続けて荷物検査と軽いボディーチェックが行われた(正直こんなものでいいのかと思ったが)。
そして、いよいよエレベーターに乗り込むことになった。
階が上がるたびに、私の心拍数も上がっていく。
(もし、間違って失礼な事を言ってしまって、会長とあんりさんの顔を潰す事になってしまったらどうしよう?)
(政治の話もしたりするのかな)
(もしかして王子ってアラジンみたいなイケメンだったりして)
(相手は、国賓だから終始緊張しきったような接待になるのだろうか?)
けれど、エレベーターの扉が開いた瞬間、そんな考えは一気に吹き飛んだ。
なにしろ、そこに広がっていたのは、完全に“出来上がった”人々の光景だった。
なんと、あんりさんはウィスキーのボトルを片手に、嫌がるSPの口元にショットグラスを押し付けようとしているではないか。
会長さんは中東の男性と肩を組んで、割れんばかりの声量で、思いっきり不協和音なメロディをお店中に轟かせている。
これは全く想像していなかった。
更に、アラジンの様なイケメンどころか、そこにいたのはどちらかというと「ジャスミンのパパ」風の中東の男性が数人。
お腹も酔っ払いぶりも見事なものだった。
すると、私に気付いたあんりさんが、はちきれんばかりの笑顔でこっちにやって来た。
その瞬間、解放されたSPが見せた、心底ほっとした表情を私は見逃さなかった。
「みきちゃーん! いらっしゃい」
「あんりさん、これ大丈夫そ?」
私は思わず笑いながら聞いた。
「大丈夫、大丈夫」
あんりさんは軽やかにそう言って、
私の腕を引っ張り、赤いシャツを着たどこにでもいそうな、メガネをかけた太ったジャスミンのパパ風の人に私を会わせた。
「紹介するね。こちらが〇〇王国から来た王子!」
あんりさんが日本語でそう言うと、
紹介された事を察したその皇太子は、にっこり笑って持っていた赤ワインをそばに置き、私に向き直った。
「初めまして。お名前は?」
皇太子は、とても愛想よく英語でそう言うと私に右手を差し出した。
私は、彼が王子というより王様らしい年齢だと思った。
差し出された右手を丁寧に握り返した。
「みきです。初めまして」
「初めましてみき。よろしくね」
肩書きの威圧感や厳格さは、微塵も感じられないその雰囲気に、私は一気に緊張を解かれてしまった。
それから私たちは、次々とお酒を追加しながらみんなでたわいも無い、驚くほど普通の会話を楽しんだ。
まるで、話している相手が、一国の王家のご子息であると言う事を忘れてしまう様だった。
けれど、楽しむ皇太子のテンションが上がるにつれて、比例する様に店内のカオス具合は増していった。
最終的には皇太子自ら、自分のお付きのSPに、あんりさんと一緒にお酒を勧める始末だ(流石に大使館の人が止めていた)。
しかし、何より私を笑わせてくれたのはそのSPだった。
もちろんSPはそんなつもりは一切ない。
彼は自分の職務を全うしたいだけだ。
通訳役でもある大使館員がトイレに行っている隙に
皇太子は再び、SPの手にシャンパングラスを無理やり押しつけた。
「いえ、私は任務中ですので……」
SPはすかさず断ったが、相手にはまったく伝わっていない。
なにしろ、日本語で答えたのだから。
もちろん私が通訳することもできたが、その場の成り行きを見守る誘惑に負けてしまった。
SPはシャンパングラスをテーブルにそっと置こうと試みたが、それを見逃すあんりさんではなかった。
「ほら、一杯くらい大丈夫だって! 王子が飲みたがってるんだよ!」
「あ、いや、本当に任務中なので……」
「ちょっとくらい楽しみゃいいじゃん!」
SPの苦痛は続いた。
そして極め付けは、任務の妨害だった。
押し問答が続く中
今度は、どさくさに紛れて皇太子自身がトイレに立ってしまった。
それに気づいたSPの慌てぶりから、本当なら彼もトイレの扉まで同行しなくてはならないのだと言うことが、目に取れた。
彼は急いで皇太子の後を追おうする。
しかし、あんりさんばかりか今度は会長さんまでも彼に絡み始めた。
「いや、ちょっと……通してください!」
みんな、なかなか彼を通してくれない。
「これが天皇陛下だったら絶対こうは行かないだろうな」
と私は心の中で思った。
重要任務に慣れているはずのSPが、ここまで明らかに動揺している光景は、滑稽でおかしくて仕方がなかった。
この混沌を生み出したのは、皇太子の温かさとこの場特有の自由さだろう。
これが、まさに人生の中にぽっかり現れた、王族との出会いだった。
そして、この出会いが、後に私が中東行くことになったきっかけになるとは、この時の私はまだ知る由もなかった。
***
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