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私の仕事は、初任給で買った1本のペンからできている


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:shiho(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
「君のそのペン、いいね」
 
ある日、筆記具の販売員をしていた私の胸ポケットを指差して、お客様がそう言った。お洒落なベレー帽をかぶり、落ち着いた雰囲気を纏った紳士だった。そのペンは、私が初任給を叩いて買った、1万円ほどのボールペンだった。
 
「そうなんです。このペン、私が初めて買った筆記具なんです」
 
嬉しくて、つい話し始めた。私がそのペンを選んだ理由、気に入っているポイント、そしてこのペンに込めた思い出。話は止まらなかった。
 
そのボールペンは、クリップに小さな白い丸印がついている。それは、1つ1つ手作業で筆記具を作っていた時代に「検品済み」の印としてつけられていたものらしい。今ではそれがブランドの象徴になっている。その物語に心を掴まれたのが、購入の決め手だった。
 
また、ペン全体のデザインも私の心を捉えた。クリップはつややかな光沢、ボディはマット加工という異なる質感の黒。そんな中に、白い丸印がアクセントとして際立っている。この美しいコントラストが、なんとも言えない魅力だった。初任給を握りしめて、迷わずこのペンを選んだのをよく覚えている。以来、毎日手入れをしながら大切に使い続けてきた。
 
そんな思い出深いペンを褒められたのだ。嬉しくないわけがない。
 
話が弾む中、ふとお客様の胸元に目をやると、また素敵なペンが2本刺さっているのが見えた。1本は万年筆、もう1本はペンシル。字や絵を書くのが趣味だというその方は、インクの色や芯の硬さにこだわって筆記具を選んでいるらしい。互いに自慢のペンについて語り合いながら、自然と視線はショーケースへと移った。そこには100本ほどの筆記具が並び、まるで宝石のように輝いている。
 
「眺めているだけで楽しいですよね」
 
筆記具と一口にいっても、万年筆、ボールペン、シャープペンシル……どれも素材やデザイン、描き心地に違いがある。それぞれの良さや捨てがたいポイントを議論するうちに、新作やお気に入りブランドの話題に夢中になっていた。
 
ふと気づくと、お客様は2本の筆記具を指差し、満足そうにこう言った。
 
「この2本を頂こうかな」
 
驚いた。買ってほしいなんて、まったく思っていなかったのだ。ただ、筆記具が好きな者同士として話をするのを楽しんでいただけだった。それどころか、ショーケースからペンが無くなるのは少し寂しい気すらしていた。それでも、お買い上げいただけたことは素直に嬉しかった。丁寧に筆記具を磨き上げ、化粧箱に入れてお渡しした。満足気に帰られるお客様を、「もっと話したかった」と思いながら、なんだか名残惜しい気持ちで見送った。
 
 
そして、今。
 
筆記具の販売員だった私も、今ではIT企業で働いている。商品は、手触りのあるものから画面越しの触れないものへと変わった。直接お客様に話しかけることも、目の前で商品が手元からなくなる寂しさを感じることもなくなった。それでも、あの頃の経験は今の私の仕事の根底に残り続けている。私には、「好き」という気持ちを大事にするという信念がある。
 
たとえば、今扱っている商品は、ユーザーがその価値を実感するまでに時間がかかるものだ。そのため、どうすれば分かりやすく魅力を伝えられるかを常に考えている。「この機能は、こんなシーンで役に立つ」「実際このお客様はこんなふうに使っている」と具体的なストーリーを作り、広告やホームページなどのオンラインでその価値を伝える。試行錯誤の毎日だが、熱意を込めて一言一句にこだわり伝えたものは、顔が見えなくても、直接接客していなくても、お客様から「これが欲しかった」とメッセージをいただくことがある。そんな時、この気持ちは届くのだと実感する。
 
もちろん、「好きじゃないな」と感じる部分もある。でも、それを無視せず、「ここを改善すれば、もっと好きになれる」という視点を持ち、自分の職種にかかわらず相談や提案をするようになった。筆記具販売員だった頃に得た「好きな気持ちを語る力」が、今の仕事にも息づいているのだと思う。
 
「好き」という感情は、共感を生む。それは、自分が本当に良いと思ったものだからこそ熱意を持って伝えられ、受け手にその熱が届くからだ。数字では測れないが、それこそが「ものを売る」仕事の最大の喜びだと感じている。
 
だから私は、筆記具への「好き」を共に語り合った、あのお洒落なベレー帽の紳士を忘れない。そしてこれからも、いろんなものを「好き」でいたいと思う。たとえ「好きじゃない」と感じる部分があったとしても、それをどう変えたら好きになれるのかを考えていきたい。その気持ちがあれば、お客様と本当の意味で分かり合い、素直な気持ちで「もの」を売ることができるはずだ。
 
私は、そんなとっておきのものを手にしたいと思わせてくれる人から買いたい。そして、自分もそんな物売りでありたいと、今も強く思っている。
 
 
 
 

***

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